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しとしとと極細の素麺の様に降り注ぐ雨の軒先に紫帆を伴った。
「―どうして、」
言葉が続かない。どうして来たのか。どうしてあの日時枝を選んだのか。どうして俺じゃダメだったのか。どうして、どうして、どうして。
「ななしが誘ってくれて。って、でもそんなの言い訳だね。」
何度も撫でた髪の毛は随分短くなって、肩先すれすれに切り揃えられている。だいぶ痩せた。その分俺が見惚れた瞳が大きな光を放っている。
「貴くん、」
改まった声に思わず喉が鳴った。
「うん。」
「私、貴くん以外に好きな人なんて出来なかったよ。」
「え、」
「あんなに大切にされて、それに気付けないほど馬鹿じゃなかったってこと。」
ま、でもあの時すぐに言えなかったからそれなりにバカなのかも、と苦笑が聞こえてくる。
「でも、と」
「うん、時枝くんでしょ?」
その名前を紫帆の口から聞くだけで血が滲みそうになる。
「やっぱり夢野なんだねってすぐに言われた。卒業前に。」
「は?」
「だって全然忘れられなかったもの、貴くんのこと。バイバイって言われて追いかけたのに、ぬかるみで転んじゃって、大声で呼んだのに貴くんのこと。でも雨音にかき消されちゃって。大好きだったの、毎日顔を見られるのが嬉しかったの。ずっと一緒にいたかったの。貴くんしかいないって思ったの。なのに、傷つけて本当にごめんなさい。勇気が出なくてごめんなさい。何度も追いかけられなくてごめんなさい。あんなに大事にしてくれたのに。好きなの、ずっと、何年経っても。どうしたって貴方しかいないの。」
濡れそぼつ手を握ればハッピーエンドなんだろう。高校時代に齟齬があって別れたカップルがずっと思い合って、結局社会人になって結ばれました。そういう誰もが、ああ良かったと胸を撫でおろすような。
だけど。
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