10.a man who smiles at any cost

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しとしとと極細の素麺の様に降り注ぐ雨の軒先に紫帆を伴った。 「―どうして、」 言葉が続かない。どうして来たのか。どうしてあの日時枝を選んだのか。どうして俺じゃダメだったのか。どうして、どうして、どうして。 「ななしが誘ってくれて。って、でもそんなの言い訳だね。」 何度も撫でた髪の毛は随分短くなって、肩先すれすれに切り揃えられている。だいぶ痩せた。その分俺が見惚れた瞳が大きな光を放っている。 「貴くん、」 改まった声に思わず喉が鳴った。 「うん。」 「私、貴くん以外に好きな人なんて出来なかったよ。」 「え、」 「あんなに大切にされて、それに気付けないほど馬鹿じゃなかったってこと。」 ま、でもあの時すぐに言えなかったからそれなりにバカなのかも、と苦笑が聞こえてくる。 「でも、と」 「うん、時枝くんでしょ?」 その名前を紫帆の口から聞くだけで血が滲みそうになる。 「やっぱり夢野なんだねってすぐに言われた。卒業前に。」 「は?」 「だって全然忘れられなかったもの、貴くんのこと。バイバイって言われて追いかけたのに、ぬかるみで転んじゃって、大声で呼んだのに貴くんのこと。でも雨音にかき消されちゃって。大好きだったの、毎日顔を見られるのが嬉しかったの。ずっと一緒にいたかったの。貴くんしかいないって思ったの。なのに、傷つけて本当にごめんなさい。勇気が出なくてごめんなさい。何度も追いかけられなくてごめんなさい。あんなに大事にしてくれたのに。好きなの、ずっと、何年経っても。どうしたって貴方しかいないの。」 濡れそぼつ手を握ればハッピーエンドなんだろう。高校時代に齟齬があって別れたカップルがずっと思い合って、結局社会人になって結ばれました。そういう誰もが、ああ良かったと胸を撫でおろすような。 だけど。
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