1.ジンクス

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1.ジンクス

「ナイスショーッ。」 ぼんやりとした六月の午後、コートに野郎どもの声が響く。キャーッと言う小さな声援も。さすがエースなだけある。サーブのキレもパワーも申し分ない。一本また一本と冷静に打ち込む。寸分の狂いも無いのがやるせなくて、気付けばその横顔に声をかけていた。 「大丈夫か。」 うっすらと汗をかいた顔が驚いたように振り返った。日に当たって随分と薄い色になった目がじっと見つめてくる。声をかけたのはこっちなのに、続ける言葉が思いつかずただ突っ立っていると、瞳が柔らかくほどけた。男でさえ綺麗だと思うような微笑みだった。 「やっぱり手打ち気味になってますか?意識して直すようにしてはいるんですけど。」 挙句賢い。十分承知の上でテニスの話へとすり替えてくる。何でこいつじゃダメなんだよ。特大の溜息が出そうになるのを慌てて食い止める。だから妙に腹に力が入ってしまって我ながら野太い声になってしまった。 「いやそれくらいなら誤差だろ。サーブ、凄えいいな。」 「有難うございます。これ位しか武器が無いので。」 テニスの話をしているはずなのに、まるで符丁のようだ。しかも謙遜十分。満点だろーが。今度は歯ぎしりしたくなるのを深呼吸でごまかした。
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