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2.1st Valentine's Day
「夢野くん、はいこれ。」
渡り廊下を歩いていたら呼び止められた。はとかへとか、ともかくは行を口走った。振り向くと、部活で見慣れている、いや正しくは見惚れていた綺麗な瞳が緊張していた。そこから下に目を向ければピンク色のリボンがかけられた茶色の箱がちょっと震えていた。
「えーと、」
えーとじゃねえだろ。もうちょっとマシなことを言えよ。でも焦れば焦るほど何も思いつかないくてただぼうっとリボンを見ていると、
「あ、やっぱり受け取れない感じ?」
無理やりに明るい声が聞こえてきてさっと箱が引っ込められた。は、え、何で?俺まだなんも言ってないけど。
「ごめんね、ヘンなことして。あ、と気にしないで。じゃあまた部活で。」
そう言うと小さな背中がもの凄いスピードで遠ざかって行った。そう言えば、真田さんのダッシュは男顔負けだったな。って違うだろ、今思うことじゃないって。
「バカじゃね?」
クラスに戻って頭を抱えてたら、至極当たり前の声が落ちてきた。見上げると同じ部の村上がしかめっ面をしていた。何でこいつはまだ一年なのにもう部長みたいなんだろう。偉そうでしかもエライ。何においても全力だ。夢野、本気出せ。もう何度叱られたことか。
「…って言うか何で?」
「真田さん気付いてないのかもしんないけど、あの渡り廊下は丸見えなんだよ。」
え。
「何だよ、お前も気付いてなかったのかよ?こっち側と向こう側で見放題。」
あ。
「だからほぼ知ってる、皆。」
腕組みをして村上がいかめしく頷いた。
「まずいじゃんそれっ。」
いきなり立ち上がったから椅子が倒れた。村上がさっと直してくれる。(次期)部長、さすが。
「だって俺好きだよ?」
村上の目が大きくなったのと、クラス中が静かになったのとが同時だった。一瞬後に誰かがイヤッホーと叫んで拍手が起きた。早く行けよ、は・や・く、は・や・く。囃子声に見送られてクラスを飛び出した。
皆知ってるって、そんなん可哀想過ぎるだろ、挙句俺なんて嬉しすぎて受け取れなかったんだから。
「おーい、夢野、予鈴なったぞーっ。」
突っ走る背中でどこかの先生の声を聞いた。でもそんなんどうでも良いんです。そんなことより真田さん、何とかしなきゃなんで。心の中で叫び返した。何で俺が一組で彼女が八組なんだって。今更なことを呪いながら走り抜ける。あ、やべ、八組次は物理の小波かよ。この先生は本鈴が鳴ると同時に教室のドアを開けられるように、予鈴の時から教室の外でスタンバイしてるって噂は本当だったな。おっ、と眉を上げた小波を押しのけた。
「夢野、」
「すみませんっ。」
ガラリとドアを開けるとてっきり小波だとばっかり思ったのだろう、八組の生徒たちが驚いたように立ち上がった。
「真田さんっ。」
教卓から呼びかける。真ん中辺で女子たちがほぐれるのが分かった。その塊の中心から驚いた顔のまま真田さんが立ち上がる。
「さっきのあれ、頂戴。ごめん、俺信じられなさ過ぎてなんも言えなくて。好きだから。」
あれ、何だろ。何だか俺の声がエコーで八組に響き渡ったみたいな。皆が一斉に動きを止めて70個くらいの目がこっちを見ている。でもその中でたった二つ。綺麗過ぎて思わず凝視してしまう瞳が大きくなってそれから三日月になった。誰かの指笛が鳴り響き、それを合図に女子の歓声やら男子の大騒ぎが始まった。でもそんなことはお構いなしにただ真田さんの目を見つめた。
す・き。
紅い唇が大きく動いた。ただ頷いた。
「はい、じゃあ物理始めるぞ。」
いつの間にか小波が後ろに立っていてのけ反った。
「げ。」
「げ、じゃない夢野。早く一組に戻れ。もう始まってるぞ。」
手でシッシッと追いやられる。
「マジすか?すみません。じゃあね、真田さん、また後で。」
手を振ると、いいから早く行けと押しやられた。ヒューッとまた指笛が聞こえてピースサインを返した。
「夢野っ。」
「あいっ。」
あいじゃねえって。誰かが笑いながら言うのを聞きながら飛ぶように廊下を戻った。いやほんとに飛んでいるような心地で。
高一のバレンタインだった。
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