4.2nd Valentine's Day

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4.2nd Valentine's Day

毎朝毎晩紫帆の笑顔を無邪気に思っていた頃の俺はどこに行ってしまったのだろう。 煩悩にまみれ、隙あらば手を伸ばしたくなり唇を執拗に見つめるなんて。何だか自分が急に汚いものになったような気がして、そんな自分に紫帆を近づかせたくなくて、わざと少し距離を取るようにしたりした。でも言葉では四六時中伝え続けた。紫帆は俺の宝物なんだと。 ところがその夕方、いつもは満足そうに俺の言葉に頬を染める紫帆が、何故か厳しい顔で(まるで筋トレで手を抜いている後輩に注意するような目で)見上げて来た。 「一年だよ、貴くん。あのバレンタインから一年経った。」 「うん。」 手には、さっき貰えた金色の箱がおさまっている。あの時の茶色のものより一回り大きく、紺色のリボンがかかっていた。 「貴くんはもうこれで良いの?」 「え?」 又もや突如迷路に放り込まれたように感じる。目をしばたいていると、 「だから、私達、」 そこまで言って紫帆は大きく息を吐いた。 「うん。」 「貴くんは、」 へ?今私達って言ってなかったか?でも俺の話なのか、どっちだ? 「手、つなぐだけで良いの?」 「え、手?いや紫帆の手を握れるなんてそりゃ嬉しいけど、いつでも。」 そう言ってニッコリ見下ろしたのに何でかとても頬がふくれている。何だ、一体何なんだ? 「うーん、だからそうじゃなくて、」 地団駄まで加わっている。どうした紫帆。 「違うのか?」 頭がグルグル回ってきた。一体紫帆は何が言いたいんだろう。俺のことなのか、それとも俺達のことなのか。はたまた一年付き合ってきたことを言いたいのだろうか。 「もうっ。」 突然凄い力で肩が引っ張られて、信じられないくらい柔らかなものが一瞬口をかすめた。一秒あるかないかだったけれど、確かに俺以外の唇が俺に触れた。呆然として見下ろしていると、紫帆がゴクリと唾を飲み込んでから、いたずらそうな笑顔で、 「ハッピーバレンタイン!」 と言った。 「ハッピーバレンタイン…」 力なくオウム返しに呟いた。 どうすればいいんだよ。キスなんてしたら、一体どうやってあの熱を留めておけるのか。きっと激流のようにほとばしるまま紫帆を手にかけてしまう。そう思うからこそギリギリのところで踏みとどまっていたというのに。大切だから、大事だから、宝物だから。死んだって傷つけたくないんだ。なのに目の前の彼女は見たこともないようなピカピカの笑顔でそっと身を寄せてくる。 「紫帆、」 「うん?」 うっとりしたような甘さを初めてその瞳に見た。 「傷つけたくない。」 「え?」 今ですらもう触れたくて仕方ない。また震え出した右手でそっと紫帆の髪の毛をすくう。 「どういうこと?」 「ん…」 「ねえ、貴くん言ってよ、どうしたの?」 さっきまで甘く響いていた声に不安な色が混じってきた。早く安心させてやりたいのに言いあぐねている。俺は何をどう伝えればいいんだ?撫で続けていた手を突然掴まれて、その力の強さにハッとした。 「傷つけるって、もしかして貴くんもう私じゃないの?」 は? 「だからなの?だから全然―」 「全然?」 「そうっ、貴くんはいつも口ばっかり。聞きたいことは沢山言ってくれるけど、全然触れてくれないしキスだってしてくれない。」 生まれて初めて顎が外れそうになった。ふがふがと息が漏れる。 「一年経っても手つなぐだけだし。そんなの他人と比べたって仕方ないのわかってるし、バカじゃないのって思ってたけど、でも周りの友だちカップルは全然違っちゃって。なんか好きなの、もしかしたら私だけなのかななんて思い始めちゃって。今日だって何個チョコ貰ったのかなあって。そんなの鬱陶しいだけなのに、一番嫌なのにそういうの。でも貴くんのことになると、どんどん嫌な自分になってきちゃうの。こんなバカなこと思ってとか。コントロールが効かないの。そんなの初めてでどうしたら良いかわからない。」 悔しそうに拳を口に当ててる紫帆の頭にそっと口をつけて抱き寄せた。 「一緒だよ。」 「え?」 こっちを見上げようと胸で動く頭に向かって言葉を続ける。 「恥ずかしいからそのままで聞いて。男子のバカな欲望が俺にだって勿論ある。制御しようと必死な毎日。」 「ええ?」 「うん。初めて過ぎて、正直言ってどこまで抑えられるか自分にもわからない。シンプルに紫帆を抱きたいって思う。」 身じろぎが激しくなった。うん、そうだろうな。俺だって自分が口に出してることに仰天している。 「でもしない。紫帆を傷つけたくないんだ。それだけはしたくない、何があっても。だからキスだってしなかった。いったん始めちゃったらどうなるかわかんないから。」 ここまで言ってようやく息をついた。胸で紫帆が揺れるくらい大きく。 「―き。」 「?」 「一年前よりずっと好き。」 「だからそういう事を、って、え?一年前より?」 「うん、ずっと。毎日どんどん。」 「毎日どんどん?」 そうそう、と嬉しそうに楽しそうに首を縦に振り続けている紫帆を見て、高二のくせに一生大切にしようと思った。ぴったりと合わさった気持ちがこのままずっと続くのだと思っていた。 ガキだった。ただひたすらに。
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