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「紫帆さ、」
「んー?」
雨傘をくるくる回しながら水たまりを避けている肩に軽く訊いてみた。
「何か最近筋トレ中よくどっか見てるよな?」
あくまで「何でも無い事」のように。そうだろ、何があるって言うんだ俺達の間に。なのにさっきまで楽し気に弾んでいた肩がビクリと揺れた。
「え、何?何か言った?」
嘘だろ。ごまかされるのか?俺が?それほどの事なのか。何でも無いなんてあり得ないほどの。背中を気味が悪いほど汗が伝った。梅雨の湿気なんてメじゃないほどの。
「は、気持ちがズレる?何だそれ。」
恋愛の相談相手としては最悪に違いないのに、揺るがないこいつの強さに縋りたくて、結局洗いざらい話していた。
「だってお前ら仲良いだろうが。何か違うのか?端から見たらさっぱりわかんないけど。」
だよな、そうだよな。ホッとして緩んだ顔を向けた先に紫帆がいた。何でこんな所にいるんだろう。筋トレ直後の体育館裏だぞ。正面入り口から皆がばらけるのを見て、ここなら他人に聞かれる心配もないと村上を誘ったんだ。なのに、何だ、まるで人目を避けるみたいに。俺達みたいに他人を避けるみたいに。
秘密。
そうなのか?やっぱり誰かを探しているような視線を彷徨わせている横顔をじっと見つめた。
「何だよ、どうした?」
肩を揺さぶられて慌てて目をこすった。
「何でもねえよ、ちょっと何か目に入ったみたいでさ。」
「まずいじゃん、それ。テニスプレイヤーにとって目は命だろ。早く手洗い行こうぜ。」
有無を言わさず引き摺られるその力強さが今の俺には有難かった。何も気付いちゃいない厳めしい顔を見下ろした。
「サンキュ。」
足元が崩れて行く時に、ここに掴まれと手を差し出してくれて。
「は?何だよ?いいから早く行こう。」
背中をどつかれてその場を後にする。相手が誰かなんて。そんなの俺じゃなきゃ皆一緒だ。
灰色の雲がどんどん湧き上がってくる。俺じゃない、俺じゃないんだ、紫帆が見ているのは。
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