第二章・ヤオ村

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 店内はいつの間にか満席となっていた。他の客も各々出来立ての料理に食らいつき、酒を飲み、陽気に歌をうたう者までもいた。  だが──この楽しい雰囲気をぶち壊す、一組の客人たちが現れる。  荒々しく扉が開かれると、五人ほどの柄の悪い男たちが地響きを鳴らすように店内へ入ってきたのだ。 「邪魔するぜ」 「いらっしゃいませ……」    引きつった顔で女性店員は迎え入れている。男たちの登場に、今の今まで上機嫌で食事をしていた他の客たちは静まり返ってしまった。  男たちは全身灰色の衣装を着ていて、胸元に蛇の模様が縫われている。 「山賊さんかな」  リュウキはぽつりと呟き、とくに気にする様子もなく食事を続けていた。  面倒事には巻き込まれたくない、そう思いヤエは静かにリュウキに耳打ちをした。 「リュウキ様……出ませんか」 「えっ、どうして?」 「絡まれたらどうするのです?」 「僕たちはただ食事をしているだけだよ」  危機感がないのか、何も考えていないだけなのだろうか。リュウキの呑気な返答にヤエは気が気でなかった。  その間に、他にいた客たちはそそくさと店から出ていってしまう。  五人の山賊たちは中央の広い席を占領し、酒や料理を次々と注文し始めた。   最初は大人しく食事をしていたが、酒が進むにつれ騒がしくなり、店員に対する態度も大きくなっていった。 「姉ちゃん、酒が足りねえよ」 「どんどん持ってこい」 「は、はい……」  低姿勢で応対している女性店員だが、きっと心の底では「早く帰ってくれ」と願っているに違いない。気の毒だとヤエは密かに思う。  無駄に大騒ぎする山賊たちと同じ空間にいたくはない。リュウキが食事を済ませたらすぐにでも出ていこう、とヤエが思っていたその矢先。   「お待たせしました……」 「あっ」と、女性が急に短い悲鳴を上げた。  その途端、五人の中で一番大柄の男がおもいっきり卓を叩きつける。 「おい、この女っ!」  騒ぎに驚き、ヤエの目線は自然と男たちの方へ向けられる。 「す、すみません。ただ今布巾をお持ちします……」  おどおどしながら女性店員が床に落ちている酒の器を拾うが、大男は息を荒くして睨みつけている。  女性店員が酒を溢してしまったようだ。 「服がずぶ濡れだ、どうしてくれるんだ!」 「申し訳ございません……」 「謝って済む話じゃねえだろうがっ!」  大男は立ち上がり、どんどん女性店員に詰め寄っていく。 「お客様、どうなさいましたか」  奥から店主らしき中年の男性が出てきた。事情を聞いているが、大男の怒りが収まる様子はない。  それでも腰を低くして、店主らしき男性は丁寧に対応している。 「──それは大変失礼しました。本日のお料理代はいただきません。それで許していただけないでしょうか」 「ああ?」  中年男性の言葉に、大男は顎に指を当ててニヤリと笑う。 「少しは話が分かる野郎だなぁ。だったらもう一つ条件がある」 「……なんでしょうか」 「この女、一晩借りていくぜ」 「な、何を仰るのですか!」  さすがにその話には、中年男性は頷けないでいる。  女性店員ももはや涙目だ。  騒ぎの中、リュウキは気にする様子もなく黙々と羹を飲み続けている。  まるで自分の世界に入っているようなリュウキに、ヤエは呆れながらも耳打ちをする。 「リュウキ様……まずいのではないでしょうか」 「何が? 僕たちには関係ないよ」 「関係なくても助けてあげようと思わないのですか?」 「ううん、僕は争い事が嫌いだからね」 「そんなことを言っている場合では……」 「気になるならヤエが巻き込まれにいったらどう?」 「あなたという人は……」 「ははは、冗談だよ」    意外にも薄情だ。リュウキは相変わらず食事をする手を止めないでいる。   「別に売り飛ばすわけじゃねえよ、一晩好き放題やらせろと言っているだけだ」 「そ、それだけは……大事な娘なんです」 「あ? この野郎、他人に迷惑かけておいて言うことが聞けねえのか!」  山賊たちの興奮は再熱してしまっている。五人全員が立ち上がり、店員たちをものすごい目付きで見下ろしていた。  皿を投げ飛ばし、椅子を蹴りつけ、店内はどんどんめちゃくちゃにされていく。  ヤエは思わず耳を塞ぎたくなってしまった。   「はあ、うるさいなぁ……」  最後の一口を流し込んでから、リュウキは眉間に皺を寄せる。 「後味が最悪だよ」  愚痴を溢すリュウキの周辺が、ふつふつと熱くなっていくのをヤエは感じた。  腰かけたまま、しかし膝の上で拳を握り、リュウキは感情を静かに燃え上がらせているようだ。   「リュウキ様……?」  ヤエが異変に気づいた頃には、リュウキの瞳はまたあの朱色に変化していた。  呼びかけても微動だにせず、無言だ。  ──その瞬間。   「うわっ!」 「な、なんだ!?」 「熱ぃ!」  男たちが一斉に叫び始めた。ヤエがもう一度山賊たちに視線を戻すと──なんと、彼らの胸元から真っ赤な炎が吹き出ているではないか。 「どうなってやがる!」 「み、水……水!」  慌てふためく山賊たちは、店内を右往左往し始める。  その様子を女性店員は唖然として眺めていたが、すぐにハッとして 「お店を出てすぐ右側に川がありますよ」 「川だと」 「くそ……お前ら、行くぞっ!」  山賊たちは冷や汗をかきながら一目散に店から出ていった。  今の今まで騒々しかった空間が一変して、その場が無音に包まれる。  火元であるリュウキ本人は、茶をすすって満悦そうな顔をしている。瞳の色は既に元の水色に戻っていた。 「ああ、美味しかった。お姉さん、ごちそうさま」 「え……? あ、はい。ありがとうございます……?」  女性店員は立ち上がるリュウキを眺めながら、未だに目が点のままだ。  そそくさと店を出ようとするリュウキの後ろ姿を追いかけ、ヤエも慌ただしく荷をまとめる。
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