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店をあとにしたリュウキの横に並び、ヤエはその顔を覗き込む。
伸びをしながら歩くリュウキに、恐る恐る声をかけた。
「あの、リュウキ様」
歩みを止め、振り返る彼の表情は奇妙なほど爽やかだ。
「今のは……あなたの火ですよね」
「僕の火って。面白い言葉だね」
「隠れながらもお店の方たちを助けたのですね?」
「助けた? そんなつもりないけど」
すでに外は人がまばらになる時間帯になっていた。
満天の星を眺めながら、リュウキはため息交じりに言う。
「せっかく人が美味しく夕飯をいただいていたのに、山賊さんたちがあまりにもうるさいからね。僕の心がイライラで爆発しただけだよ」
「……それで仕返しのようなことを?」
「仕返し、まあそんなところかな」
ケラケラしながら再び歩き出すリュウキの背中は、何だか冷淡さが滲み出ている気がした。
しかしヤエは思う。あれほど気性が荒く、柄の悪い山賊たちをリュウキはあっさりと追い出してしまった。彼の炎は、本人が意図しないところで人の助けとなる力となるのではないだろうかと。
「リュウキ様」
「うん?」
「あちらに宿の看板が見えます」
「ああ、本当だ。ちょうどいい」
──宿へ向かい、二部屋空いていたのでそこで一泊することにした。辰の刻(陽が昇ったあとの頃)、外で落ち合う約束をしてから、それぞれの部屋で休む。
室内はそれほど広くなく簡素な作りであったが、あたたかい布団の中で休めるのはとてもありがたい。
◆
夜が更けた頃。ヤエはなかなか寝付けずにいた。
氷の封印が溶けてからまだ一日も経っていないのに、あまりにもたくさんの出来事に遭遇してしまった。
あのリュウキという男は結局何者なのだろう。どうして記憶の一部がなくなってしまったのだろう。
それはヤエも同じで、偶然出会った相手と同じ状況なのも妙な話である。
「小さい頃からハクと一緒に過ごしてきたことだけは忘れていない。本当に不思議……。ハクは今頃どうしているのかな」
ふと思い出してしまった。大切な友の安否が心配でならない。
たとえどんなに優しい心を持っていても、ハクは紛れもなく化け物なのだ。兵などに狙われたら、処分されてしまうかもしれない。そう考えると、胸ひんやりと冷たくなっていく。
(ううん、大丈夫。ハクは強くて賢いから。簡単に死んだりしない)
そう信じることしかできなかった。
あたたかい寝床で横たわり、ゆっくりと瞼を落とす。
すると、たちまち目の奥に──いや、脳裏に突如白い光が差し込んできた。ヤエ自身が思考を巡らませているわけではない。それなのに、自然と別世界に飛び込んだような感覚になった。
(これは……? まさか。幻想の世界?)
意識の奥底で、ヤエは一人ぽつんと立ち尽くしていた。ハッとした時、目の前にある景色が現れる。
広大な庭園のようだ。透き通った池の向こう側には盆景が広がっていて、立派な桃の木が甘い香りをほのかに漂わせている。
「ヤエ」
背後から声を掛けられ、ヤエは反射的に振り返る。
そこには──白い毛皮を纏い、灰色の瞳を向けて、ヤエをじっと見つめる男性がいた。
男の姿を前に、ヤエは目を見開いた。
「ナナシ様?」
昼間会った時とは雰囲気が全く違う。それでもたしかに、目の前にはあのナナシが立っていたのである。
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