第十八章・犠牲

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 何かを守る為に誰かが犠牲になるなど、本音を言えば許せなかった。だが、このままではこの世が本当に崩壊してしまう。彼女も危ない。後戻りなど出来ないのだ。  背後からシュウたちの叫び声が聞こえ、リュウトの奇妙な呻き声も絶えず響き渡ってきた。戦場は地獄と化している。  それでもただひたすら前へ進み、最西端へと向かうしかないのだ。 (必ず、必ず助けてみせるから。待っていてくれ……!)  乱闘の騒ぎは、徐々に遠のいていく。  不思議なことに、最西端へ近づくほどのどかな気持ちになった。独特のあの甘い香りが仄かに漂ってくる。  暫くもしないうちに、広大な庭園に行き着いた。空気は澄んでいて、月明かりがよく当たる。庭園は高い位置にあるらしく、目先に現れた海をぐっと見下ろせた。波打ちが、満月の光を反射させている。  なんとも、幻想的な場所だ。  だが、この安らぎの空間をぶち壊すような光景が目に入った。  月明かりが最も照らされる箇所に、荒らされた形跡があったのだ。  一部分だけ丸太のような柵で囲まれているのだが、その正面が荒々しく破壊されている。人がしたとは思えないほど、柵が大破されている。化け物の仕業だろう。  恐る恐る近づいてみると──独特の甘い香りが一層強くなった。  息を呑み、リュウキはそっと柵の奥側を目視する。 「……これは」  月光に照らされた大量の青空色の花。自ら輝きを放つように花びらは美しく、そして風に揺れていた。ところが殆どの花の茎や子葉部分は食い荒らされ、花びらが乱雑に散らばっている。  間違いなく、それらは幻草の花々だ。 「……あったぞ」  幻草花の中で唯一、異色の姿をしたものが目に入った。  どの花よりも背が高く、満月の光を浴びようとするかのように顔を見上げていた。太く丈夫そうな茎、人一人を包み込んでしまいそうなほどの大きな葉、四枚の紅い花びらを纏ったその姿に、リュウキは固唾を飲み込む。 「これが『紅い幻草』か」  あまりの存在感に、リュウキは恐怖心を抱いた。  まるで生きているかのように、紅い幻草は左右に揺れているのだ。風の影響ではない。何か生命が湧き出ているような、異様な空気が漂う。 「こいつが、化け物たちを生み出す原因になっているんだね。悪いけど、僕の炎で消えてもらうよ」  リュウキが拳を握り、力をため込んだ瞬間── 「何だ……!?」  突如として、紅い幻草の葉がリュウキ目がけて飛びかかってきたのだ。子葉が巨大化し、葉先が鋭くなって胸元をかすめた。
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