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(やっと、終わるんだ)
リュウキが安堵した、正にその折。
突如として「悲鳴」が聞こえてきた。紅い幻草の根から伝わってくる、化け物のなき声。はっきりとリュウキの耳元まで届く。
『なぁ……リュウキよ』
ひどく沈んだ声だ。
姿は見えないが、それが誰であるかリュウキにはすぐに分かった。
複雑な心境が胸中で渦を巻く。
と同時に、あくまでも冷静に彼の──リュウトの話に耳を傾けた。
『未だに納得がゆかぬ。朕とお前は双子であったのに、なぜこんなにも違うのか』
情けをかける必要などない。心の声で、リュウキは淡々と答えた。
『どんなに辛いことがあっても、人々を恐怖で支配し、恨んではいけなかったんだよ。君のしたことは間違いだった』
『……そうするしかなかったのだ。でなければ、朕は、一生弱者として扱われる。後ろ指をさされて生きていくのは辛かった!』
リュウトの言葉は、まるで自分自身に言い聞かせているような口ぶりである。
だが、彼の心の叫びはリュウキには響かない。
『たくさんの人を悲しませたんだ。残念だけど、君は黄泉の国へはいけないよ』
『……分かっている』
『だから彼女を、ヤエを返してくれないか』
『……』
束の間の沈黙。リュウトが躊躇っているのがひしひしと伝わってきた。
リュウキは厳格な口調で続ける。
『君は地獄にいくんだよ。いつか君のしたことが許される時が来たら、来世で生まれ変われるかもしれないだろ。次は健康的で逞しく生きられるといいね』
『許されることがあるのならばな……』
リュウトの声はとてつもないくらいの悲しみで溢れていた。
──ふと、リュウトの姿が脳裏に浮かぶ。普通の人間だった頃だろうか。顔は痩せこけ、隈ができていてげっそりしている。か細い腕で、気絶するヤエを抱き締めていた。
彼は涙を浮かべてリュウキをじっと見つめる。全身を震わせながら、一歩ずつ近づいてきた。
『朕は……いや。俺は、これから地獄で孤独に苦しむとしよう』
『ああ、そうしてくれ。冷たいようだけど、僕は君に同情したりしないよ』
きっぱりとリュウキはそう言い放つ。
情けの言葉を掛けることなどできない。今までに犠牲になった人々を思うと、許せるわけがない。苦しみの数があまりにも多すぎる。
リュウトは無表情で頷くと、そっとヤエの身を差し出した。何も言わずに、リュウキは彼女の腕と肩を支える。
『リュウキ、お前と双子らしいことは何もできなかったな……』
『生まれた時代が違ったら、もしかしたら少しは仲良くなれたかもしれないけどね』
『そんなことを考えても無駄だな』
リュウトの声は最後まで暗かった。後ろを振り返り、彼はとぼとぼと歩き出す。行く先は、暗闇しか見えない。
見送ることはせずに、リュウキは彼とは逆の方を振り返った。ヤエを横に抱き、しっかりとした足取りで歩み始める。
『……リュウキ様……?』
ヤエが目を覚ました。辺りを見回し、首を傾げる。
『よかった。気がついたんだね』
『はい。あの、ここは……どこですか?」
『ここはどこでもないよ。一緒に行こう。もう、全て終わったから大丈夫』
『そう……。解放されたのですね。でも──兄様は、大丈夫でしょうか?』
彼女のその問いに、リュウキは小さく息を吐いた。憂いを振り払い、大袈裟に頷いて見せた。
『──君の兄は強い。世界を救う為に命を懸けられる、立派な戦士だ』
リュウキが心の中で言葉を並べる。
すると、ヤエは安堵したように頷くのだった。
彼女を抱えたまま、リュウキは前へ歩き続ける。道なき道の先に、白い光が見えた。
その中に、ふたつの影がふと現れる。
美しい白い毛皮を纏った白虎ハクと、桃色の羽根を輝かせる朱鷺の少女。二人とも、優しい笑みを浮かべていた。
導かれるように、リュウキたちは彼らのそばへ向かっていく。
光に身を預け、瞬く間にリュウキたちは飲み込まれていった──
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