57人が本棚に入れています
本棚に追加
右拳を強く握り、両足を踏み締めた。するとリュウキの体内に流れる血がふつふつと沸き上がっていく。
刹那、白虎は牙を剥き出しにして一気に飛び掛かってきた。真っ先に体当たりをしようとしているのだろう、相手の動きは単純だ。
そう判断したリュウキは、すっと横に身を交わそうとした──が。
「えっ」
右方向へリュウキが移動するのとほぼ同時に、同じく白虎も進行方向を変えてしまったのだ。
「嘘だろっ?」
鋭い牙が、リュウキの目前まで迫ってくる。
──嗚呼、まずい、避けきれない。食われる!
そう思った。
(僕が化け物にやられるなんて格好悪すぎる)
──こいつに好き放題されて、この身が骨になるまで食いつくされるなど。あってはならない!
その一心で、リュウキは白虎の攻撃から逃れようと、全身を後方へ倒す。頭部を打ちつけないように、なんとか受け身を取ろうとした。
だが白虎はとんでもないほどの巨体である。リュウキの背丈の二倍以上はあるだろうか。
地面に倒れていっても、大きな前足がリュウキの目の前を襲ってきた。
(か、顔はだめだ、絶対に! 傷つけられてたまるか!)
リュウキは反射的に顔面を背ける。
次の瞬間。頭の後ろに何か違和感を覚える。ザクッと妙な音が響き渡り、自慢の黒い長髪が束で引っ張られる感覚があった。
とんでもないほどの悪寒。
受け身を取るリュウキの真上を、白虎は唸りながら通りすぎていった。氷の前に立ち塞がり、白虎はすぐさまこちらを振り返った。
睨みを利かせる赤い目は、血走っているようにも見える。こんな巨体な化け物に威嚇されたら、普通ならば腰を抜かすだろう。
しかしリュウキは今、恐怖よりも別の感情に心が支配されていた。
「ま、まさか」
声を震わせ、ゆっくりと自分の髪に触れてみる。前髪は無事だ。
だが、リュウキは気づいてしまった。大切に伸ばしていた自らの後ろ髪がおかしなことになっていると。
たしかに腰まであった長髪が、ない。
恐る恐る後ろを振り返ると──切り刈られた大切な黒髪が、無様にも地面に散らばっていたのだ。
「お前……!」
声を低くして、リュウキは白虎を睨みつける。
あいつが。あいつの爪で、傷つけられた。許さない! なんてことをしてくれたんだ!
「言ったよね……? 僕を傷つけたら大変なことになるって」
拳を握りしめる力が更に強くなり、周囲の空気までもが熱くなっていく。
右手の先から小さく火の粉が吹き出し、瞬く間に腕全体が炎に包まれた。燃え上がるこの真っ赤な炎は、自然発火したものなどではない。正真正銘、リュウキの手の中から放たれるものだ。
「僕を怒らせたら、こうなっちゃうみたいなんだよ……。やばいよねぇ。君、熱いのは苦手?」
穏やかに、それでいてリュウキは圧のかかった口調で白虎に言葉を投げつける。
それでも白虎は氷の前に立ったまま動かなかった。威勢は良いものの、攻撃してくる様子がない。
──先ほどの急な方向転換はおそらくまぐれだ。相手の動きを読み、あんな巨体で瞬時に身を動かすなど無理がある。
白虎はリュウキを狙っていたのではない。氷の前にじっと立ち尽くす白虎の様子を見て、リュウキはそう察知した。
「君、もしかしてその子を守ろうとしているのか」
会話が交わせなくても、リュウキは声を掛け続ける。返事をすることもせず、白虎はひたすら喉を鳴らして鋭い目つきをするのみ。
この少女と白虎の間に何があったのかは知らない。冷静な状態であれば、リュウキはそれに関して興味を抱いていただろう。
残念ながら今のリュウキは怒りに満ちている。大切な長髪をバッサリ切られてしまったのだから。
「まあ、どうでもいいんだけどさ。僕は今、とんでもないほど激怒しているんだよ。今から君の美しい白色の毛を真っ黒にしてあげるからね」
最初のコメントを投稿しよう!