第一章・失われたもの

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 そう問われたリュウキは、小さく唸った。どう返事をしようか迷ったのち、苦笑してから答える。 「僕も気になっているよ」 「気になるって……?」  首を傾げるヤエに対して、リュウキは眉を八の字にするしかない。 「……実は、僕も記憶の一部がないんだ。ほんの数日前、北西側の海岸で目を覚ました。それまで僕は、どこに住んでいて何をしていたのかどんな生活をしていたのか、まるで覚えていない。だからどうして僕がこんな力を使えるのかも分からない」 「え……? それはどういうことでしょう」 「さっぱりだよ。君と同じ、過去を忘れてしまったんだ」 「……」  今までリュウキの視界は朱色に染められていたが、だんだんと通常の景色に戻っていく。それと同時に、白虎を囲んでいた火の渦も消え去った。  ヤエはその光景を見て、目を見張っている。  身体の自由が利くようになった白虎は、牙と爪を向けてリュウキに飛びかかろうとした。  するとヤエは、焦ったように白虎の前に立つ。 「待って、ハク。この人を傷つけるべきじゃない」  ヤエが優しくそう言うと、まるで本当に言葉を理解しているかのように白虎は大人しくなった。  その様子を見て、リュウキは頬を緩ませる。 「ヤエ」 「……なんですか?」  落ち着いた声で、リュウキはこの時初めて彼女の名を呼んだ。  一瞬、ヤエが柔らかい表情になったのは気のせいだろうか。  「君って、そういう優しい喋りかたもするんだね」 「はい?」 「そっちの方が断然、可愛いよ」    たちまちヤエは怪訝な顔をした。 「何なんですか、あなた」 「あれ。もしかして照れてる?」 「そういうわけではありません」 「ふーん、否定するところもいいね」 「あの、すみませんが。今は真面目な話をしているのですよね?」 「うん、そうだったね。ごめんごめん」  目を逸らしながら、ヤエは大きくため息を()いた。  真顔に戻し、リュウキはそんな彼女を見つめながら更に続ける。 「話を戻そう。どうやら、僕たちには共通点があるみたいだね。二人とも、過去の一部が記憶がない」 「そうですね」 「奇遇とは言えないよ。これを見て」  リュウキはおもむろに、纏っていた紺の外套を脱いだ。  露になったのは、黄土色の鎧。──ヤエと同じ色と形をしたものである。  自分と全く同じ格好をしているリュウキを前に、ヤエは言葉が出ないようだ。 「君と共通しているのは、もう一つ。この鎧だ。黄土の鎧は西国の兵が着用するものだよ。戦に出た記憶はないけれど、もしかして僕たちは西兵だったのかもしれないね」  リュウキの話に、ヤエは考え込むように一点を見据える。それから、ようやく口を開いた。 「もし本当に私たちが西兵だったとしたら──戦の衝撃で記憶を失ったとか、そういう事情があるかもしれませんね」 「まあ、憶測にすぎないからなんとも言えないけどね。だから本当のことを知るために、僕は旅をしたいんだ」 「旅、ですか」 「うん。だからヤエも一緒に来てほしい」 「えっ」  リュウキの提案に、ヤエは戸惑っているようだった。  ──自身の名前や、世界情勢などは分かる。それなのに、過去や生い立ちが虫食いのように抜けてしまっている。記憶を戻したいと思うのは当然だ。  その鍵となるかもしれない相手と行動を共にしよう。そう考えるのは至って普通である。  しかし、ヤエは複雑そうな目をしていた。まだ警戒しているのだろう。  できる限り柔らかい口調で、リュウキは彼女に諭すように話を続ける。 「ヤエ、いいかい? そもそも女の子が一人でこんな山道を歩いたら危ないよ。化け物はもちろん、山賊に襲われたりしたらどうする? 記憶を取り戻すだけじゃなくて、僕と一緒にいた方が安全だよ」 「いえ、一人ではありません。私にはこの子がついています」 「ああ、ハクと言ったね? 君の護衛か。僕の長髪を切り落とすほど、熱心に守ってくれる素晴らしい化け物だね……」  リュウキはわざと低く笑う。 「……そんなにご自身の髪が大切なのですか」 「もちろん。綺麗で格好よくしていたいんだ」 「美意識が高いお方ですね」 「君だってとても綺麗だよ」  さらっとそんな台詞を向けるリュウキに、ヤエはもはや返事すらしない。女性ならばこう言われて嬉しいはずではないだろうか。 「一つお伺いしても良いですか」 「ああ、なんでも訊いてよ」 「記憶を戻す旅とおっしゃいますけど。具体的にどこか目指す場所は決まっているのですか?」  そう問われるとリュウキは、目を細めながらも全く笑えなかった。ゆっくりと首を横に振る。 「特にないな。とりあえず西の国をあちこち歩き回るだけさ」 「そんな……全く効率が悪いですね」 「仕方ないよ。他に何も情報がないんだから。だけど」  言いながら、リュウキはさりげなくヤエの肩にそっと手を置く。 「君に出会えたことは、大きな収穫だ」 「そうでしょうか?」 「うん。着ているものも同じ。特殊な力を持つ人間で、記憶がぶっ飛んだ仲間だ」 「仲間って……。いえ、ちょっと待ってください。そうは言っても私はただ凍っていただけです」 「いやいや、それって充分特殊だよ? 氷から抜け出したら生きているし。本当に不思議だよねえ」  それは、ヤエ自身も否めないようだ。どれ程の期間凍りついていたのか定かではないが、ぼんやりでも意識があったのだと彼女は語る。
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