孤独な熱帯魚

3/12
12人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ
 結婚式を挙げてしまうまでは、忙しさに身を任せていた。  目の前で、嬉しそうに微笑む葵を幸せにしたい──本心だ。  一方で、義姉として接する蘭のを知りたい欲求も本心だった。  蘭を覆う皮を引っ剥がし、その中を覗いてみたい。  きっと、覗くくらいでは我慢できなくて、触れて掴んで混ざってしまいたい。  想う度に胸が軋んで、凶暴な何かを無理やり抑え込む。  すぐ隣で眠る、穏やかで優しい幸せに満足するフリをしながら。      雨の匂いがする。  得意先から直帰しようと思ったのは、もうすぐに降り出すだろう雨が鬱陶しいから。  恨めしげに空を見上げ、通りのカフェをチラリと見た。 「雨宿りが無難か、それとも走るか」  ポンと肩を叩かれて振り返れば、一瞬、息が止まった。 「海里君も雨の心配?」  ポツリポツリと雨が落ちてくる中、蘭は俺の腕を掴み走り出す。 「まったく……ツイてないわね」  ヒールを鳴らし器用に走る蘭は、しなやかな黒豹のようだ。  まだ夜には早い時間帯なのに、蘭はやっぱり夜を纏って走っていた。 「寄って?雨が止むまで」  蘭のマンションに着く頃には、雨も小降りになっていた。  俺にタオルを投げて、すぐにキッチンに向かう。  シンプルだけどセンスのいい部屋は、高そうな間接照明やタペストリーに現れている。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!