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蘭に逢いたくなるのは、不思議と雨が降る日だ。
会社から傘を差しながら帰る時、ついつい後を振り向いてしまう。
歩くスピードが段々と遅くなり、立ち止まってしまえばもう気持ちは家に向いていない。
葵に言い訳のメールを送り、蘭のマンションへと急ぐ。
足取りが軽くなり、雨さえも楽しくなってくる。
「子供かよ」
愛しているとは言わない。
言葉にしてしまえば、きっと蘭を失くしてしまう。
俺の腕の中で痺れる美しい熱帯魚。
俺だけが、蘭を痺れさせるのだから。
それでいい。
俺の波紋の真ん中に、蘭は膝を抱えて座っていた。
「ビール飲む?」
「いや、いらない」
ここでは酒など飲めない。
酔ってしまえば、嘘も本心も全部吐き出して、きっと蘭を困らせてしまう。
決して無口ではないのに口数が少なくなるのは、余計な言葉で二人の時間を壊さない為だ。
「知ってる?目が覚めて隣に海里がいないと、夢を見ただけなのかって思うの」
「そっか……なら、蘭がまだ起きているうちに帰るよ」
そう言いながら蘭をキツく抱きしめると、珍しく抵抗してくる。
俺に向けられた強い眼差しは、ユラユラと揺れている。
怒りだけでなく、困惑、期待、そして諦めもだ。
そんな揺れる蘭を丸ごと腕の中に収めて、濡れた唇から言葉を奪う。
夜が更けるまで、何度も、何度も。
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