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仕事中に葵が電話をしてくるのは珍しい。
「どうした?何かあったのか?」
数秒の沈黙の後、葵の興奮した涙混じりの声が聞こえてくる。
「海君、海君!赤ちゃん……赤ちゃんができたの!!私達、ママとパパになるんだよ?」
葵は嬉しさのせいか後は支離滅裂で、ようやく宥めて電話を切った。
今日は、急いで帰ると言って。
葵のはしゃぐ声が、いつまでも耳から離れない。
──俺が、パパになるのか……。
こんな時、花束でも買って帰ればいいのか?それとも葵の好きなケーキがいいのだろうか。
帰るなり、お腹に手を当て葵を抱きしめる。
そんな想像が、仕事の段取りと同じに思えて堪らず立ち上がった。
俺に与えられた役割がまたひとつ増えて、責任も増えて、きっと愛情だって増やさなければならないんだろう。
俺の中途半端な責任感は、しばらく蘭と逢わない事で誤魔化した。
夏の終りに引っ越した蘭は、新しい部屋で何を思っているのだろう。
逢いたい気持ちを必死に押し殺し、時間が過ぎるのを待っていた俺を打ちのめしたのは、蘭の見合いだった。
「やっと重い腰を上げたみたい」
臨月を迎えていた葵が、俺の耳元で囁いた。
「ん……眠れないのか?」
「さすがにどんな向きでも、お腹が張って苦しいかな」
葵はゆっくりと仰向けになると、可笑しそうにクスクス笑っている。
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