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蘭の新しい部屋は相変わらず物が少なく、水槽だけがさらに大きくなっていた。
落ち着かないのは、初めて訪れる部屋のせいではなく、壁に掛けられたウェディングドレスのせいだ。
「何で結婚するんだよ……蘭らしくない」
精一杯の虚勢を、冷たい微笑で返される。
「あなたを忘れたいから……これで満足?」
今すぐそのドレスをひったくり、ベランダから投げ捨ててやりたい。
子供じみていてもいい、純白のウェディングドレスの陰には、知らない男が勝ち誇ったように笑っているから。
「逃げるなよ、蘭……」
俺が男になれるのは、蘭と向かい合うこの時だけなのに。
愛しい女を痺れさせる、しがらみも何もかも脱ぎ捨てた、ただの男の俺。
それだけでは満足しなかったのか?
俺は満足だったのに。
蘭は俺の中で夜を纏い、夜に溺れていく。
俺にだけ見せる、本当の蘭。
ミクロラスボラ・ハナビ。
花火のような模様だと蘭は言ったけど、花火のように華やかには見えない。
水の中で揺れる斑点は、俺と蘭の熾き火のようだ。
消えそうで消えない。
消そうとして消せない。
誰かの着信音が鳴っても、俺は蘭を離さなかった。
駄々っ子のように、蘭の結婚式など過ぎてしまえ、大雨で中止になれと毒づいた。
俺達は初めて一緒に朝を迎えた。
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