引き出しの中の小さな住人

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引き出しの中の小さな住人

一瞬の出来事で一体何が起こったのか? 分からなかった。  部屋は静まり返り、またこの本棚の有る禁書庫で僕は一人になった。  しかし机の引き出しといい、さっきの引き出しといい、一体何が入って居ると言うのだろう?  それよりも彼女を助けなくても大丈夫なのだろうか?  僕はどうしても気になったので、恐る恐る隠し部屋へと近づいた。  机の上に置かれるネームプレートに目が入る。            ━━━フィオーネ・ユングバルト━━━  彼女の名前はフィオーネさんと言うのか……書庫の管理をしている司書辺りだろう?  まずは準備運動として、机の三段目の引き出しをユックリ引いてみる。さっきとは違い、唸り声は聴こえない。半分程引いた時、その中に奇妙なものが横になっているのが見えた。  豚の色よりは幾らか赤いが、全体的にピンク色で服などの物を一切身につけておらず、顔はまるでしかめっ面をしたオジサンの外見をしている。  スースーと鼻息が静かに聞こえるので、寝ていると思われる。 (ひょっとして、さっきの唸り声の主は……)  引き出しが開いて入る事に気付いたのか? 慌てて起き上がると、思いっきり叫ぼうとしていたので、僕は彼の前で人差し指を唇の前に立て、静かにするようにお願いをした。  すると彼は僕がした動作を真似る様に、口の前で指を立て、口角を少し上げると何故か頬を赤らめて、何度も頷いた。  此処の住人と言うのは少しおかしいかも知れないが?もしかして、あの引き出しについて知っているかもしれない。 「あのぉ~私の言葉をもし理解出来る場合は、頷いて貰えるでしょうか?」  そう言うと彼はジェスチャーで聴こえるが! 何を言ってるのかは分からないと言う素振りを見せた。 (困った……どうやら使用言語が違うらしい)  頭をポリポリしていると、彼は何を思ったのか? 突然三段目の引き出しから、机の上に上がろうとした。しかし、身体の小さな彼が届く訳も無く、手を滑らせて元の引き出しに落ちたかと思うとコロコロコロコロと転がり始め、引き出しの角に後頭部を打ち付けた。  酩酊状態の人のように、目を半開きにさせながら、両手でバランスを取りフラフラと歩き、かと思うと、犬が水を振り払うかの様に顔をぶるぶるぶるっとさせたが、またヨロヨロと引き出しの端まで来ると、今度は額を打ち付けた。  見るからに痛そうに頭を押さえ屈みこんでいたので、声を掛けるのを辞めて、落ち着くまで待つことにした。  暫くすると、我に返ったのか、自分を机に上げるよう両手を使ってジェスチャーで僕に指示をし始めた。 (え~~全裸の得体もしれないピンク色の小人を今から掴めと言うの!)  せめて、服ぐらい着ろよと思ったが、恐る恐る手を伸ばすと、彼の首根っこを猫にするのと同じように掴んだ。間違い無く生きている……妙に嫌~~な生温かな感触が指に広がる。敢えて表現するなら、産まれたばかりの小動物の赤ちゃんの体温とでも言うのだろうか? そんな柔らかさで、それが却って一層背中をゾクっとさせた。  とにかく可愛くないという文字が似合う……本当に気持ち悪い。  そっと机におろすと、気づかれないように、急いでスカートで手を拭った。臭いが無いか? 確認しようとしたが、想像するだけでも気分が悪いので、やめた。  感触をすぐにでも忘れたかったので、ギュウっと、スカートの脇を握りしめた。  机に降りると彼は、フィオーネさんが使用しているペンを勝手に持ち、そこに無造作に置かれている紙の束から一枚を引き抜くと、そこに何かを書き始めた。
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