アイネクライネを盗んで

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 この転校初日の、教室の前で呼ばれるのを待つ感覚はなんなんだろう。  未来が開かれるような過去を失うような、時空の狭間に取り残された感覚。  見慣れない校舎の見慣れない窓の外、見慣れない校庭では見慣れない人たちが見慣れない先生の号令のもとキャッキャ言いながら走っている。  仲の良さそうな人たちを見ると前の学校を恋しく思わずにはいられません。前の学校は良い人ばかりでした。この学校も良い人ばかりだといいなあ。  もし今、ここに友情パワー計測器なるものがあって、私の友情パワーを測ってもらったら、やっぱりゼロなのかしら。  なんてことを考えていると、教室のドアが半分ほど開いて先生がひょっこり顔を出して言いました。 「源、入れ」  なんで囚人みたいな呼ばれ方せなあかんねん。  そう思いながら私は、引きつる笑顔を浮かべて教室へ入り、黒板に大きく自分の名前を書きました。 「ええと、私の名前は源穂奈美って言います」  私の関西弁のイントネーションに教室が少しザワつきました。 「あ、すいません、緊張しちゃって。意識すれば標準語も話せます。私、父が東京、母が大阪のハーフなんで」  教室のあちこちから吹き出し笑いが聞こえました。  よし。ひと笑い掴めたことで、緊張でガチガチの体が柔らかくなりました。 「源穂奈美です。よろしくお願いします」  自己紹介を終えて頭を下げると教室中から温かい拍手が起こりました。やった。この高校でもうまくやっていけそうだ。私はホッと胸を撫で下ろしました。  ホームルームが終わると教室にいるみんなが私を取り囲みました。  私は、生まれてから中学に入るまでアメリカで暮らしていたこと、中学から今までは大阪に住んでいたこと、その文化の違いに戸惑ったことなど、自分のこれまでの人生を関西弁で面白おかしく話しました。みんな笑ってくれました。私は一気にクラスに溶け込むことができました。 (お母はん、大阪人の血、ありがとうやで)  私は素直に 「みんなと早く仲良くなりたいから、なんて呼んでいいか教えて」  とみんなにお願いしました。  みんなは口々に「アメリカだなぁ」と、私には理解できない感動の声をあげました。
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