アイネクライネを盗んで

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「私はハルカって呼んで」 「俺は健太かな」 「私はみんなにヨウちゃんって呼ばれてる」  私はみんなの顔と名前を覚えようと、必死になって呼び名をメモしていきました。  そして、みんなの名前を聞き終わったあと、私は教室中をグルっと見廻してから、さっきから気になっていたことを尋ねました。 「あの人の名前はなんて言うの?」  一瞬で場の空気が凍りつくのがわかりました。  私が視線を向けた先、教室の一番後ろの窓際の席に一人の男の子が座っていました。顔の半分を隠してしまうほどの長髪、その隙間からのぞく白く透き通った肌。シャープなアゴのラインに薄い唇。机で隠れていてもわかる、スラっと細く長い手足。端正という言葉が似合う男の子は、教室の賑わいに交わないのか交わないのか、イヤホンで音楽を聴きながら目を伏せて座っていました。  まるで答えが返ってこなかったので、私はあらためてみんなの顔を見ました。  みな一様に目を逸らしていくのでした。 (これは、どういうこと?)  私が空気を察して黙った直後、休み時間が終わるチャイムが鳴りました。  さっきまでの気まずさなどなかったように、じゃあまた後でね、昼ごはん一緒に食べようね、と言いながらみんな自分の席に戻って行きました。
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