アイネクライネを盗んで

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「あの人の名前がわからない」  『あ』から順番に名前を見ていき、知らない名前を探しました。そして、ひとつだけ、顔が思い浮かばない名前を見つけることができました。 「君嶋翔」  ショウって言うのか。私はあの端正な顔立ちにピッタリの名前だと思いました。  キミジマショウ、キミジマショウ、私は何度もあの人の名前を呟きました。そうしながら靴箱まで来ると、正門からあの人、君嶋翔がこっちに向かって歩いてくるのが見えました。私は反射的にあの人に向かって駆け出しました。君嶋君は私に気づくと、逃げるように走り出しました。 「待って!」  私は君嶋君を追いかけました。そのまま学校の外へと逃げ出すのかと思っていたら、君嶋君はぐるっと校舎の裏手へ周り、非常階段を駆け上がっていきました。私も君嶋君を追いかけて階段を駆け上がりました。君嶋君は二段飛ばしでひょいひょい階段をのぼっていきます。体力に自信のある私もさすがに階段を屋上近くまで登っていくと足をあげるのも大変になってきました。 「君嶋君って普段まったく動いてないのに、なんであんなに体力あるの?」  君嶋君はサッサと屋上まで登り切ったようでした。逃げられてしまう、と私は大きな声で叫びました。 「待ちなさい! 君島翔!」  屋上の足音が止まりました。  私が屋上へたどり着くと君嶋君が立ち止まって、私をじっと見つめてきました。 「な、なんで?」 「え? ああ。これを」  私はポケットから君嶋君が机の上に置いていった、ミュージックプレイヤーを取り出しました。しかし、君嶋君はそれには目もくれず、私をじっと見つめて続けていました。 「な、なんで、……俺の名前を?」 「え? ああ、職員室で名簿を見つけて、探して」  私がそう言うと、君嶋君は顔をクシャっと歪めました。 「なんで泣く!?」  私が驚いたのを見て、君島君はいよいよ肩を震わせて泣き始めました。  私は君嶋君の目の前に立って、幼い子供にするように君嶋君の頭をポンポンと叩きました。 「イヤイヤ、意味わからん。なぜ号泣? 思春期こじらせすぎやろ」  するといきなり、君嶋君が覆いかぶさってきました。 「え! ちょっと!」
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