アイネクライネを盗んで

9/10
前へ
/10ページ
次へ
「家族……」  家族と聞いて、君島君は、翔は黙ってしまいました。 「ねえ、私、噂を聞いたんだけど」  私はクラスメイトから聞いたとは言わず、翔の父親に関する噂を翔に教えました。  翔はそれを聞いて寂しそうに笑いました。 「お、俺、家族いないんだ。物心ついた時からずっと。中学卒業で施設を出て、ひとり暮らし。お、親は、父親も母親も記憶にないんだよね」  私はまた間違ったのかと心を痛めました。 「あ、あれだろ? 最後が『らしい』で終わる噂」 「そう。ごめん」  翔はちっとも気にしていないように明るくアハハハハと笑いました。 「そ、そうやって面と向かって聞いてきたのも穂、穂、いや、お前が初めてだよ」 「お前?」  私は翔の顔を睨みました。 「……穂奈美」 「そう」 「穂奈美!」 「そう!」  翔は嬉しそうに飛び跳ねて叫びました。 「穂奈美! 穂奈美! 穂奈美!」  翔は私の名前を何度も繰り返し叫びました。返事をするのも面倒になるぐらい、翔は何度も私の名前を叫びました。 「なにがそんなに嬉しいの?」  私のそんな問いかけに翔はキャハっと振り返りました。 「イヤ?」  翔の明るい笑顔に私は言葉を出すことができず、首だけ横に振りました。なぜだか涙があふれてきて仕方がありませんでした。 「とにかく」  私は泣いているのを翔に気づかれないように、喉にチカラを入れて努めて平静な声で話しました。 「翔がそんなに楽しい奴だってわかったし、明日からの学校が楽しみだね」  翔は飛び跳ねるのをやめて夜空を仰ぎました。 「た、楽しみかい?」 「私がみんなの誤解を解くね。ちょっとメンドクサイかもしれないけど」 「そうか」  翔は顔を夜空に向けたまま目をつぶりました。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

20人が本棚に入れています
本棚に追加