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高校のクラス、いや学年で三本の指に入るであろう優男。帰宅部。成績は上の中。ただし理系科目と体育実技はあまり得意じゃない。つい最近まで、違うクラスの女子と付き合っていたらしいけど、最近破局したらしい。
何が悲しいって、これらはぜんぶ他人からの又聞きではなくて、本人の口から聞いたことという事実だ。つまりは彼も、私のことをそれなりに近しい存在として思ってくれている。
でも同時に、私は他人が自分の中に入ってくることを心地よく思わない人間だ。他人がどうなろうと知ったことではないし、学生時代の恋が最後は愛に変化するのなんて稀だ。数年後には別の誰かと粘膜を擦り合わせてるかもしれないのに、なんで貴重な学生時代を恋に費やす必要があるのか。受験も近づいてきているというのに。
そうやって思っていたくせに、授業中にシャーペンを握っていても、帰り道を一人で歩いていても、夜に布団を勢いよく頭から被ってみたとて、彼の顔が浮かび、声が聞こえる。
彼の存在がずっと、頭から離れてくれなかった。
恋とはそういうものなのだろう……と、その時はじめて自覚した。
でも、言えなかった。
言わないうちは叶わない。それはわかっている。宝くじは買わなきゃ当たらない、という言い訳をよく母親が使って、スーパーの宝くじコーナーに小走りで向かってゆく姿を見る。買ったら当たるわけではないけど、買わなければ当たらない。1等に当たる確率は交通事故にあう確率よりも低い……と説かれたって、わずかな希望に縋りたくなるのが人間臭さなのだと思う。
そう分かった上で、私はあえてこの恋を、胸の奥底で保存することに決めたのだ。
なによりも、こうやって素直な気持ちで誰かを想い続ける尊さの方が心地よい。仮に私が彼に告白して付き合ったとして、将来的に別れてしまったなら、私は彼の経歴を盛り上げるためのアクセサリーに成り下がってしまうはずだ。
高校時代にこういう女と付き合ってさ、あーいるよね恋愛慣れしてない女、理屈っぽくてうんざりしたから三週間で別れちゃってよ、いいよいいよそれが正解だよだって今はあたしが彼女なんだよプンプン、ってか。二人そろって人類の歴史から抹消してやろうか。
まだ彼と付き合ったわけでもないのに、これだけ腹立たしくなるのだ。しなくても死ぬことはないが、したら身体はともかく心は死ぬかもしれない。恋はある種の病気だと思う。
でも、私にとってこれが、自分がはっきりと嚙み締めた結果「この人のことが好きなんだ」と自覚した、はじめての恋。
だから、最初の恋くらいは、きれいなままで保存しておきたい。(男がこういうこと言う時って、あっち行ってろって意味だよな)とか(この人、付き合う前まではこうだと思ってたのにな)とか、余計なホコリがまとわりつかないように。パリパリに乾燥させてドライフラワーみたいにして、ちゃんとガラスケースの中に入れて。
一方的に伝えることだけが、美しさじゃない。
ただひたすらに、心の中で慈しむのもまた、恋する気持ちを愛でるひとつの方法ではないか。
きっと、そうだ。そうなんだ。
たぶん。
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