宝石の弟子と優し過ぎた師匠

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 魔法学院に行くと決まって数日後。カナン達は村を出発し魔法学院に向かっていた。 「えーと、今がこの辺りだから……。こっちか」  地図を回転させながら凝視していたカナンは、平野が広がっている右を指した。  その直後タクトに地図を奪われる。 「違うカナン。あっちだ」  苦戦していたカナンとは違い、あっさりと地図を理解したタクトが左手の森を指差す。 「えっ、そうなの?」 「全く何やってるの、さっきも反対方向に行こうとしたし。カナンに任せたら一生着かないから、タクトに地図持たせて」  ルーが絶対零度の視線をカナンに向ける。そして森の方に進んで行くタクトの後を追った。  自分は満足に地図も読めないのか。項垂れているとロイが肩を叩いてきた。 「気にするなカナン。オレも地図読めないからさ」 「ロイ……」 「でも、カナンって凄い方向音痴だったんだな! 今まで村から出なかったから知らなかった!」 「うっ……!」  ロイとしては何気ない一言だったのだろう。しかしカナンにとっては追い打ちの一撃だった。  意気消沈する彼に気付かず、ロイはタクト達の方に走り去る。 『カナンが一緒じゃなきゃ駄目なんだ』  先日のタクトの言葉が脳裏に過る。 「本当は俺が皆と一緒じゃなきゃ駄目なんじゃ……?」  最年長としては認めたくない考えが思い浮かぶ。 「何やってるんだ、カナン?」  一人苦悩していると、タクトが彼の方を振り向く。 「早くしないと置いてくよ」 「待って!」  容赦ないルーの言葉にカナンは慌てて三人の元に走り寄った。  ――そんな呑気な遣り取りが出来たのも、幸せだったのだと思い知る事になる。 「タクト、大丈夫?」 「ああ……」  右腕を押さえながらタクトが何とか頷く。しかし腕からは血が滲んでいた。 「何だよ、あいつ! いきなり攻撃してきて! しかもタクトの攻撃が全く通じない!」 「一体何者なの? ……待ってタクト、治すから」  彼を支えているロイとルーが敵意を露わに目の前の人物を睨んだ。  四人の前には若い女性が立っていた。腰まで伸びた黒髪に赤い瞳の女性で、無表情で彼等を見つめている。  そして何より異様なのは、頬から首にかけての蔦の紋様――。 (魔女の継承者か……!)  三人を庇うように立ったカナンは険しい表情を浮かべた。  魔女の継承者とは、世界で最初に魔法を使えた魔女の力を継承する者だ。  強大な魔力と永遠に近い命を持つのだが、やがてその果てしない力と寿命に耐え切れなくなる。そして暴走して見境なく襲い掛かるのだ。その力は容易く一国を滅ぼすと言われている。 「君と戦うつもりはない。だから攻撃をやめて!」  カナンがそう言っても彼女は何も言わなかった。黙って手を翳すと炎の塊をカナン達に放つ。 「駄目か!」  剣を振るったカナンが炎を消し去る。 (正気を失ってる――凶化寸前か)  凶化とは理性を失った魔女の継承者が暴走する事だ。そうなっては周りの命がなくなるまで止まらない。 「タクト動ける?」 「ああ……」  ルーに治癒魔法を施されたタクトが返事をする。怪我は治ったようだがその顔は苦悶に満ちていた。 「苦しいと思うけど逃げるよ」 「逃げるって……倒すんじゃないのか? オレ達四人ならあいつ位」  詰め寄るロイにカナンは首を横に振った。 「倒せない……倒しちゃいけないんだ」 「えっ……?」  訝しげに眉を寄せる三人だったが、これ以上の会話は無理だった。魔女の継承者が再び魔法を放とうとしたからだ。 「逃げるよ!」  カナンは声を上げると三人を促し逃げ出した。  しかし彼女は追って来て攻撃してくる。それを躱したり魔法で相殺したりと何とか凌いだ。 (どうする?)  防戦一方のままでは力尽きて終わりだ。何か打開策はない必死に考える。  その時カナンの横で爆発音がした。後ろを振り向くと赤い瞳と目が合う。  淡々と自分を映すその目に、カナンはある事を悟った。  立ち止まると彼女に氷の礫を放つ。  案の定魔法で攻撃を防がれたが、その衝撃で彼女の周りが白い靄で覆われた。 「こっちだ!」  その隙にタクト達を大木へと誘導する。そして根本に座り込み、身を隠した。  カナンは三人に前にしゃがみ込むと、真剣な眼差しで彼等を見た。 「――俺が囮になるから、皆はここに隠れてて」  カナンの言葉に三人は目を見張った。 「何言ってるんだ! さすがのオレでも無茶だって分かるぞ!」 「そうだよ。カナンでもあいつを一人で相手するなんて無謀だ」  ロイとルーが耳の痛い事を言ってくる。 「狙いは俺だ。俺から離れれば皆は安全だから」 「それなら、なおさら一人に出来ない。囮になるなんて自殺行為だ」  普段冷静なタクトも珍しく顔を顰める。  自分の身を案じてくれる彼等の成長ぶりに、こんな時だが嬉しくなる。 「心配してくれて有難う。でも本当は恐いだろう? 体が震えてる」  気丈に振る舞っているがタクト達は怯えていた。指摘された三人は顔を歪める。 「俺は大人として君達を守る義務がある。それにもう体力は限界の筈だ。このままじゃ皆が死ぬ」 「…………」  彼等は賢いから分かっているのだろう。反論する者はいなかった。 「安心して、死にに行く気は微塵もないから。これでも一応君達の師匠なんだよ、俺は」  カナンは立ち上がると、自信ありげな笑顔を作る。 「じゃあ、行くね」  返事を待たず手を振るとカナンはその場から立ち去った。 「カナン!」  後ろから声がしたが、立ち止まらなかった。  
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