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寒さで目が覚めると
辺りは仄暗く、饐えた匂いがした。
恐る恐る体を起こし
壁際の小さな曇ったガラス窓に顔を近づけると
荒廃した街が目に映った。
ポツポツと橙色に滲む小さな明かりが浮かんでいる。
軋んだ体を傾けてみると
空き箱で組み立てたようなベッドに
グレーの厚みのない筵のような毛布をかけている。
誰もいない冷え切った部屋を見渡すと
どこか懐かしい見覚えのある家具が配置されている。
そっと起き上がり
奥に見えるダイニングテーブルの上の
遠目から見えた紙片に向かって歩いていった。
紙片はつぐみ宛の手紙だった。
『愛しいつぐみへ
あなたたち一族は、私たちの国に越冬に来る種族です。
子供のいない私たち夫婦は、あなたが私たちの街で越冬すると
聞いた時に預かりたいと名乗り出ました。
もし、あなたが私たち夫婦を両親だと慕うようになったら
一生を共にしていいという契約を結ぶ事ができ、可愛いあなたが
私たちの本当の娘になってくれる幸せを願いました。
幼いあなたはよく懐いてくれて楽しい日々を過ごす事ができましたが
日に日にあなたは私たちを疎むようになりました。
できればずっと一緒にいたかった。
私たちを親だと認めてくれる日を夢見て、大切に育てましたが
叶わぬ夢でしたね。あなたの種族があなたが元いた場所に連れて帰ります。
寒い土地と聞きます。風邪などひかぬよう体に気をつけて下さいね。
あなたは小さい頃からお腹が弱いから、温かいお布団でお腹を冷やさないよ
うにね。それと体を冷やさないように温かい食事をとってね。
きっと、頑張り屋のあなたの事だから種族の支えになるでしょう。
でも、何不自由なく暮らしていける幸せを祈らせてね。
つぐみ、今までありがとう。』
「何これ・・」
急に得体の知れない不安がのしかかってきた。
誰かが、つぐみの手紙を開封していた。
もう1枚
『少しですが困った時に使って下さい』
と、書いてある。
「何を?」
湿気を吸い込んで湿ったダイニングテーブルの上には
無造作に放られた紙片の他は・・・何もない。
もう一度、紙を手に取った。
『少しですが困った時に使って下さい。
お誕生日おめでとう。
最後にもう一度だけ、あなたの父と母より』
手紙を持つ手が震えていた。
その時、
ドガンっ
扉を蹴飛ばして開ける音がすると
「うぜー」
低く唸るような言葉と共に
汚らしい身なりの男が入ってきた。
その後を追うように
綿毛のような髪をした目つきのキツい女が入ってきた。
女は大きなため息をつくと
「帰ってきやがった。」
と、吐き捨てる。
間髪入れず汚い男が
「つぐみ!いつまでも勘違いしてんなよ!
さっさと起きて、稼いでこいや!」
と、罵倒する。
その言葉に触発され
頭の中で記憶が暴れ出し、ひとつの映像を引き出した。
あの日、学校で進路の話をされた。
進路調査の街の役員が聞き取りにきていた。
「将来はどうしたいですか?」
そんな、たわいもない質問に、つぐみはほくそ笑むと
「とりあえず、うぜーあの家から出たい」
適当に答えた。
記憶から覚めて現実が目の前に広がる。
眠っていた遠い記憶がつぐみに教える。
そこの汚い男と目つきのキツい女が
父と母だと。
つぐみは瞼を閉じると一筋一筋、静かに流れる涙も気にせず
黙って立ちすくんだ。
固く瞑った瞼の裏で本当の今日、起きるはずの映像が映る。
お誕生日おめでとう!
ひだまりのような母の笑顔・・
両手いっぱいの大きなデコレーションケーキを自慢気に披露して
私の喜ぶ顔を満足気に受け止めている。
甘い優しい笑顔でたくさんのプレゼントを得意気に手渡して
自分こそは私を喜ばせた勝者だと言わんばかりの誇らしげな父が
私を愛おしそうに見つめる。
恥ずかしげもなく歌う誕生日の歌
ハッピーバースデー トゥ ユー
ハッピーバースデー トゥ ユー
いつまでもいつまでも聞こえ続けた。
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