第二話 親と子

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第二話 親と子

「でね、その時ね、」 (まじでこいつの話長ぇ。もう夕方じゃねぇか。) 「ほんと酷いよね。」 「あぁ、そうだな。」 「死神くん話聞いてる?」 「あー、聞いてるよ。」 「嘘つき絶対聞いてないじゃん。」 (こいつめんどくさ。だる。) すると下の方で鈴がなる音がした。 「ん?」 「どうしよう。」 「何が。」 「今日、家の掃除するって約束してたのに、死神くんと話してて忘れてた。どうしようどうしようどうしよう。」 「おい落ち着けよ、謝れば許してもらえるだろ?」 「どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう。」 彼女は俺の声が聞こえてないみたいに一人でぶつぶつと何かを言っている。 「おい、おいってば。」 そう言った瞬間、部屋のドアが勢いよく開かれ、俺はその音にびびって後ろに倒れ込んだ。 「ねぇ。」 「ごめ、」 「片付けるって言ったよね!? 約束したよね!? なんでできないの!? なんでこんな簡単なこともできないの!?」 「ごめん、なさい。ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。」 その母親らしき者が彼女の髪を掴んで殴り始めた。 (本当に母親か? いや、違う奴か。) 「朝言ったよね!? お父さんの部屋もお母さんの部屋も片付けてって!」 「ごめんなさ……」 「今すぐやれ!!」 またどデカい音を鳴らして部屋のドアを閉めると、殴っていた女はどこかへ消えた。 「なぁ、あいつ誰だ? お前のお母さんが家にいれば守ってくれただろうにな。大丈夫か?」 「死神くんは、ここでまってて。ちょっと片付けてくる。大丈夫、悪いのは私だから。」 (は? こいつ会話になってねぇじゃん。) 彼女はそっとドアを開けると、部屋を片付けに行ってしまった。 俺はこの部屋を見渡した。物自体が少なく、小綺麗にされていた。 (部屋綺麗じゃん。これ以上何を片付けるってんだ?) 俺は彼女の様子が気になって、少し空いた扉の隙間から部屋の外に出てみる。 すぐ隣の部屋で彼女はビニール袋を広げて片付けをしていた。 (この部屋もこいつの部屋なのか? にしてはあの部屋と違ってずいぶん汚ぇな。) 「おい、ここもお前の部屋なのか?」 「あ……死神くん。出てきちゃったんだね。だめだよ部屋にいなきゃ。」 「一人でじっとしてられっかよ。それよりも俺の質問に答えろよ。」 「ここは別に私の部屋じゃないよ。」 「じゃあなんで片付けなんてしてんだよ。部屋の主に任せればいいだろ。」 「違うの、これは役割なの。私は家のことをする。お母さんは外で働く。」 「父親は?」 「……今仕事探してるとこ。」 「働いてないのか? 珍しいもんだな。」 「うん。」 すると遠くから怒鳴り声が聞こえてきた。 「何一人でぶつぶつ喋ってんの!? 早く片付けなさいよ!」 「ごめ、ごめん、なさい。」 彼女は震え声で言葉を返した。 「なぁ、あいつ誰なんだ?」 「いいから、もう部屋に戻ってて。邪魔だから。」 「んだよ。」 俺はつまらなくなったので、部屋に戻る事はせず家をふわふわと浮いて回った。 (ふーん、ま、別に見た感じは他の家と変わんねぇな。だけどあいつは誰なんだ? 人を殴りやがって。あー、早く母親帰ってこねぇかな。まじで胸糞だわ。) 数分して彼女は戻ってきたが、すごく暗そうな顔をしていた。 「おい、大丈夫か?」 「さっきさ、死神くんは言ってたよね。あいつは誰なんだって。」 「あぁ。だってあんな奴お前の親が見たら許さないだろ。早く追い出してもらわないと。」 「あは、ふふ、あはははは!」 何故か暗い顔をしていたはずの彼女は急に笑いだした。 「な、なんだよ。」 「死神くんは今まで見た事なかったんだね。」 「は、何が?」 「私のお母さんはね、あの人だよ。私を殴っていた人。」 「はっ? ……いや、いやいやいや。そんなわけないだろ。娘を殴る親なんて……」 だって俺は見たことがない。自分の娘を殴る親なんて。 「いるんだよ。そういう人も。お父さんは仕事辞めてから鬱になっちゃって、何かとすぐ理不尽に怒り出すし。お母さんもそれに嫌気がさしてイライラしてるの。だからお母さんは家事をしない。お仕事してるからできないってのもあるだろうけどね。」 何も言えなかった。そんなの、見たこと無かったし、いるわけないと思ってたし、というか今でも信じられない。 「私のご飯も、洗濯物も、全部一人でやるの。……でも、高校生なんだからこれは当たり前なのかな。」 「そんな事ねぇよ、俺が見てきた奴は当たり前に親に頼っていた。見た事ない、そんな奴……。」 「ここにいるんだよ。」 彼女はまた微笑んだ。楽しげに。 「ねぇ、赤ちゃんに愛を注がず育てたらどうなるか知ってる?」 「……知らねぇ。」 「昔ね、そういう実験をした人がいたの。赤ちゃんが目を見ても見つめ返さない、微笑みかけない。語りかけもしない。そうやって育てた赤ちゃんはね、実験が終わらずして死んじゃったんだって。」 「は……。」 「実験期間がどのくらいだったかはよく知らないけど、でも1年は経ってないよ。それだけ愛情って大切なの。特に親からの愛なんてのはね。でも育てられてから、中途半端に愛されて育っちゃったから。私は死にたくても死ねないんだ。怖いもん。」 「お前は……死にたいのか。」 「うん。だってこの世のどこにも私を愛してくれる人がいないんだもん。彼氏とかだって、生まれてこの方出来たことないもんね。あっ、でもね、別にお母さんたち酷い人じゃないんだよ。」 あんな光景を見たあとあの人を庇うようなことを言う彼女に驚く。 あれが親だという信じられなさがあるのに、なぜこいつは庇う? 「だってね、昔は優しかったの。たっくさん愛されたと思う。もう覚えてないけど。でもまあ、昔からお父さんは私の事放置気味だったけどね。ほんと、なんで産んだんだろうね。まともに育てられないくせに。私もね、こういう家庭環境だから私だったら自分の子供にあーするな、とかこーしよう、とか考えるわけ。子供欲しいな〜ってなる。けどね、人間って自分がされた同じことを他の人にしてしまうところがあるの。だからさ、私は子供を産んじゃいけない人間なの。産む資格ないの。だってまともに育てられる気しないし、第一そこまで大人になりたくないもん。私は30か40で死にたいってずっと思ってる。けど20になる前に死ねるとは思わなかったなー。えへへ。」 今まで見てきた中に、死を喜ぶなんてやつ見たこと無かった。 「なんで……なんでお前は、そこまで死にたいと願うんだ。」 いつもと違う深刻な顔をしてるのは自分でも分かった。
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