第十一章 美月の地図

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第十一章 美月の地図

「地図だと、このあたりね」美月がそう言うと、遥香は車を停めた。ちょうど50台ほどが駐車できるスペースがあった。他に車はない。消えかかっている白線と生え放題の雑草。どうやら、もう使用されていない駐車場のようだった。三人は車を降りると辺りを見回した。 「どこを探せばいいんでしょうね?」遥香がそう言うと、美月はもう一度地図を見る。この辺りなのは間違いないが、これ以上細かくは記載されていない。ただ星マークが記されているだけだ。ここは石狩川の南側にあたる。ということは北に石狩川がある。 「曲がりくねった石狩川はあちら側にある」美月は北の空に向かって右手の人差し指を突き立てる。その方向には雲一つない青空が広がっている。その下には大きな張りぼての星マークが張り付いていた。 「あれは何でしょうか?」酒井が独り言のように言葉を発する。 「どう見ても観覧車ですね」遥香は呆然と答えた。巨大な円形の人工物がせせりたち、中央からいくつも触覚を伸ばしている。その触覚の先には小さな円形のゴンドラが取り付けられている。あれを見たら、みんな観覧車だと答えるだろう。観覧車と定義するための十分条件は揃っている。ただ、キラキラした生命力はもはや宿してはいない。あれに乗りたいとは微塵も思えない。ただの寂れた鉄の塊がこちらを見下ろしているようにしか見えない。一つだけ取り付けられた大きな星マークが一つ目のように不気味にこちらを見つめていた。 「どうやら、あそこに宝石があるのね。とっても分かりやすいじゃない」美月は観覧車に向けて歩き出した。遥香と酒井もそれに続く。遥香と酒井は足がすくんでいた。でも美月のおかげで歩き出すことができた。美月のパワーはこんな時とても役に立つのだ。  観覧車は壁の中にあった。美月たちは壁に沿って敷地の入口を目指す。数分歩くと入口らしき場所は見つかった。チケットを買うためのカウンターと大きな看板が三人を出迎える。やはり人気はなく、どれも寂れている。看板に書かれている文字はほとんど読めない。きっと遊園地の名前が書かれていたのだろう。 「チケットを買う必要はなさそうね」美月は入口のゲートをくぐり中へ入る。 「ちょっと待ってくださいよ!」遥香たちは必死に後を追う。美月は歩くスピードがとても速かった。男の酒井でも付いていくのに必死だった。  敷地の中には観覧車しか乗り物がなかった。あとはコンクリートの地面の割れ目から雑草から伸び放題なっている。壁に囲まれた敷地の中で観覧車だけが真っ直ぐ立っている光景は、不気味でもあり哀しくもあった。 「ここの下に宝石が埋まっているんでしょうか?」遥香は観覧車の下を見たが、コンクリートの地面になっていて掘ったりはできなさそうだった。 「あの星マークが何かのヒントになっているはずなのだけど」観覧車の星マークはゴンドラの外側の壁についている。星マークは一つだけで、星マークのついたゴンドラは観覧車の中で一番高い場所にぶら下がっている。  美月は星マークをより近くで見るために、観覧車のゲートをくぐる。昔は受付の人がいて客の人数を捌いていたであろうゲートの横を足早に通り過ぎる。美月がゲートを通りすぎた瞬間、ガシャンという音を上げて観覧車が勝手に動き始めた。 「どういう仕組みか知らないけど、この子まだ生きていたようね、おもしろいわ」美月は立ち止まって動き始めた観覧車を眺める。ゆっくり回転を始め、星マークがついたゴンドラもゆっくり下に向かってきていた。 「あのゴンドラに乗れということかしら。上等じゃない」そう言って美月はゴンドラ乗り場に向かう。一番下まで降りてきたゴンドラは勝手にドアが開き、少し上がると勝手にドアが閉まる仕組みのようだった。 「美月さん、大丈夫ですかね、ちょっと怖いんですけど」遥香たちも美月に追いついた。 「悪いんだけど、一人であのゴンドラに乗せてくれる?あなた達は下で待っていて」美月は振り返らずにそう告げた。遥香は迷ったが、分かりましたと言った。こんな意味がわからない乗り物に大事な美月さんを乗せるわけにはいかないが、美月さんは一度言ったことは最後まで遂行する人だ。だからここは美月さんに任せる。きっと私たちが邪魔をしてはいけない領域なのだ、ここは。  星マークがゆっくり下りてくる。そして扉が開く。星マークのついたゴンドラに美月は一人で乗り込む。窓の外では遥香と酒井が不安そうにこちらを見ている。待ちわびた客人を乗せたゴンドラは扉を閉め、ゆっくりと上昇する。夏だというのにゴンドラの中は肌寒かった。そして寂れた外側とは対照的にゴンドラの中は新品のようにピカピカだった。ベンチにも傷は全くついていない。美月はベンチに座り、外を眺める。外には夏の北海道に広がる寂れた遊園地の残骸が広がっている。「ここだけ時間の流れが違うみたい」美月は外に向かって呟く。少しだけ白い息が広がり、すぐに消えて行った。  予想していた通り、美月を乗せたゴンドラが一番高いところに来たところで、観覧車はガシャンと動きを停めた。「まあこうなるとは思っていたけど」と美月は言った。 「さて、次は何が起こるのかしら?ここで待っていれば宝石が出てくるのかな?」そうしていると、窓の外がどんどん暗くなっていった。まだ昼過ぎだというのに、夜の帳が降り、辺りは真っ暗になる。暗闇に包まれた夜空には星たちが輝き始める。さすがに不安になって下を見て遥香たちを探すが、暗闇のせいで何も見えなかった。見えるのは夜空に輝く星たちだけだった。 「まさか星たちが宝石でしたなんてオチはないわよね」と不安を押し隠すように美月は言って無理やり笑顔を作る。夜空には無数の星たちが輝いている。東京では全く姿が見えない星たちは、この北の大地では壮大な空の草原を作り出していた。その中で二つの星がどんどん大きくなってきていることに美月は気づく。一つは赤い星、もう一つは白い星だった。二つの星が美月に向かって近づいて来ているのだ。 「ここに衝突して木っ端微塵なんてことにはならないわよね…」美月はそわそわし始める。そうこうしている内に二つの星はどんどん大きくなる。火のボールになって光の尻尾を伸ばしていることが肉眼で確認できるようになってくる。どう考えても、あんなのが衝突したら死んでしまう!赤と白の巨大な火の玉が高速で近づいてくる!  二つの火の玉はゴンドラの窓を通り抜ける。そして美月の目の前まで飛んできた。もうダメだ…そう思った瞬間、頭の中で一つの言葉が甦る。「信じている者にだけ、世界は真実を見せてくれる」それはかつて赤松が言った言葉だった。天使の天窓のことを教えてくれたときに言われた言葉。 「大丈夫よ、ちゃんと今でも信じているから」美月ははっきりと口に出し、飛んでくる火の玉を見つめる。瞬間的に美月は右手を開いて顔を守ろうとする。そして赤い玉を右手で受け止め、顔を伏せて白い玉を避けた。すごい衝撃が身体を突き抜け、ゴンドラが激しく揺れる。美月の意識は少しずつ遠のいていった。  ガシャンという音と共に、美月は目を覚ます。再び観覧車が動き始めたのだ。ゴンドラがゆっくり下に向かっている。窓の外を見ると青空が広がり、昼間に戻っている。下には遥香たちの顔が見えた。美月と目が合うと遥香がこちらに向かって手を振った。 「大丈夫ですか?美月さん?」ゴンドラから降りると、遥香が心配そうに駆け寄ってくる。額に汗をかき、呼吸が少し荒くなっているのを見て、遥香は美月の背中をさする。 「さっき一瞬だけ暗くならなかった?」美月がそう言うと、遥香と酒井は顔を見合わせる。「いいえ、ずっと明るかったですよ」 「そう…ならいいの」きっとあれは私にしか見えない幻だったのだ。ポルトガルの塔と言い、続けざまに非現実的なことが起こると疲れるわね。 「美月さん、右手大丈夫ですか?ちょっと血が出てます」遥香の言葉に美月は右手を見る。手の平の真ん中に傷ができている。そこから血が流れていた。そして傷の真ん中でそびえ立つように、赤く輝く石が鎮座していた。 「それが宝石ですか?」酒井が尋ねる。 「ええ、きっとそうね」あの高速で飛んできた星は幻ではなかった。ちゃんとした現実だったのだ。この傷の痛みがそれを物語っている。赤い星を掴んだ衝撃もちゃんと残っている。  遥香はティッシュを濡らして美月の血を拭い、大きな絆創膏で傷を塞いだ。 「遥香、ありがとう。宝石も手に入ったし、帰りましょう。あまりここに長居したくないわ」美月は春香たちにそう言って、宝石をポケットにしまう。遥香と酒井は何も言わずにそれに従った。遥香と酒井も内心ホッとしていた。ゴンドラに乗っていないとは言え、不気味な空気は感じていたのだ。三人は足早に遊園地の敷地を後にした。星マークのついたゴンドラが一番高くまで上昇すると、再び観覧車は何もなかったかのように停車していた。星マークは、車に乗り込もうとする美月たちをじっと見つめていた。
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