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真っ暗な暗闇の中にいた。まるで海の底にいるみたいだ。息はできる。死んではいない。ここは……どこだ?
辺りを見回すが、誰もいない。自分だけがいる世界。ここは……夢の中か?
「そうだよ。ここはあなたが見ている夢の世界。この夢の主人公はあなた。登場人物はまだいない」
突然声が聞こえ、俺はビクンと身体を揺らした。声は後ろから聞こえた。振り返ると、そこには一人の少女がいた。まだ小学生低学年と思われるほどの幼い容姿をしていた。
「君は……誰だい? どうして俺はここに?」
「私は……そうだな。Sとでも呼んで」
「S……? それが名前かい?」
「まだ名前を明かすには早すぎるからね。とりあえず、そう呼んで」
「よく分からないが、まあいいか。それで、何故俺はここに? 夢の世界だと君は言ったが、どういうことだ?」
俺の言葉に、Sはクスリと笑う。
「そのままの意味さ。ここはあなたが作る夢の世界で、現実世界の状況によって、この世界に出てくる人物が増えていく」
「全然そのままの意味じゃないだろ!」
「ええっ? そのままの意味だよ」
Sは困ったように頬をぽりぽりとかく。この理解能力皆無な男に、どう説明しようかと考えている顔をしている。
「あなたはどうして人が夢を見るのか知ってる?」
「いや、知らないな……考えたこともない」
「現段階ではっきりとはされていないんだけどね、人間って普段の生活で起きた出来事や脳に蓄積したあらゆる情報を整理するために夢を見ると言われているの」
「う……うん?」
「つまり、脳内に溜まった過去の記憶や直近の記憶が結びつき、それらが睡眠時に処理されストーリーとなって映像化したもの。それが夢とされているの。分かる?」
「分かるような……分からないような」
俺の返答にSは深いため息を吐く。
ごめんな、理解能力のない男で……!
「あなた、夢を見た事はある?」
「そりゃああるけど……」
「変な夢をみることはない?」
「ああ……あるな。嫌いな奴と話していたとか、誰かに怒られた夢とか」
「それは脳内にある記憶を適当に結び付けているから、意味も分からない状況が夢の中で描写されることがあるの」
Sの言葉に終始首を傾げていた俺だったが、ふと気になったことがあり訊ねてみた。
「夢を見ている時は覚えているのに、目を覚ましたら内容を忘れている。あれって何でなんだ?」
まさかそんな質問が来ると思っていなかったのだろう。Sは少し焦ったような表情を見せた。
「それはあれだよ……身体の仕組み」
「えっ、突然そんな適当な回答になるか!?」
「仕方ないじゃない! 夢に関しては未知数なことだらけだし、そもそも私……科学者じゃないから詳しいことは分からないわよ!」
詳しいことは分からないのに、何故そんなに意気揚々と話していたんだ? あ、俺が聞いたからか。
「まあ、未知数ということは分かった。結局のところ、この夢は俺の記憶が生み出したストーリーであり、現実世界で何かが起こる度に、この夢の中に登場人物が増えていく。現段階では何も進んでいないから、夢の中に俺しかいない。そういうことでいいのか?」
「えっ、理解能力があるのかないのか、はっきりして欲しいんだけど」
俺の言葉に本気でドン引きしているSに、「ごめん」と何故か謝っていた。
「それで俺はこれからどうすれば?」
「普通にしたいように生活していればいいよ。夢の世界に人物を増やさなければならない、なんてこと言わないし、そんなに気負わないでやりたいようにやってくれればいい。私はただの説明係だから、暇な時間があるならそれはそれで構わないし」
「それは仕事放棄というのでは?」
「だって説明だけしてるとか面倒くさいし。そんなの私じゃなくたっていいもん」
「君じゃないとダメなんじゃないか?」
「えっ?」
俺の言葉にSは目を見張る。
「だって、君の本当の名前って――」
「あーあーあー何も聞こえない!」
あわわわわ、と耳を叩いて聞こえないフリをする、所謂原始的なやり方をして、俺の言葉から逃れようとする。
「あ、もしかしてまだ言っちゃいけないやつか?」
「私の名前はS! 今はそれで十分なの! 余計なことは言わない!」
「は、はい」
Sの気迫に気圧された俺は、素直に従うことにした。
「そろそろ時間かな」
Sが視線を外す。その方向に視線を向けるが、特に何も映っていない。Sにだけ見える何かがあるのかもしれない。
「あなたのお母さんが帰ってくる。この夢の続きは……いつになるかな」
Sの言葉を最後に、俺の意識は現実へ戻された。目を開けると、自室に居た。
Sの最後の表情。
泣いているように見えたSの顔が、俺の頭から離れなかった。
その数秒後、玄関のドアが開いた。どうやら母さんが帰ってきたみたいだ。
「ただいま」
母さんの声に、俺は返事をする。
「おかえりなさい」
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