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第一章 【2つの影が交わる時】
『先日、東京都の××高等学校で、中務麗奈さんが屋上から飛び降りて亡くなりました。齢十六歳でした。屋上には中務さんのものと思われる靴と遺書が残されており、遺書によると――』
俺は先日から報道されているニュースを横目に、朝食を取っていた。
こういうニュースが流れると、教師は何をしていたんだ、とか親はどんな教育をしているんだ、と決まって部外者が何かを喚き散らすけれど、被害者からしたら耳障りでしかないだろう。そして、人を信じられなく理由の一つになる。
この事件が初めて報道された時のことを、鮮明に覚えている。大勢のカメラの前で、疲れた表情で洋服を脱いだ彼女。そんな彼女の身体についた無数の傷跡。あれを見せられて、未だに彼女が加害者だと思っている者がいるのだから、世の中狂っている。
初めてあの光景を見た時、思わず「うわぁ」と声が溢れてしまった。あの光景を見て何とも思わない人がどれほどいるか。
けれど、不思議なことに彼女が加害者だと思っている大人が、案外近くにいる。
「自殺だってねぇ。まだ若いのに……大人は何をしていたのかしらね」
「そうだな……」
それが、俺の隣でニュースを見ていた母親だ。母は彼女の身体の傷は、警察を欺くために自身でつけたものだと言っている。そんなはずがないということは、バカでも分かる。あの全てを諦めたような目を見て尚、そんなことが言える理由はひとつしかない。学校関係者。それも校長兼理事長の妻。学校を庇いたいに決まっている。
大人は何をしていたのか……か。よく言うよ。自分もその大人の一人のくせに。そうやって自分は関係ないように見せて、周りの責任にして。そんな大人に生徒が頼りたいと思うかよ。
とまあ、そんな本音は心に仕舞い、俺は良い子供を演じる。
「母さん、そろそろ仕事行く時間だろ?」
「えっ……あら、もうこんな時間? ありがとう、朔夜。それじゃあ母さん行ってくるけど、朔夜も大学遅れないようにね」
「ああ、分かってるよ」
母さんはパタパタと準備をし、急いで職場という名の学校へと向かった。朔夜と呼ばれた俺は、重い腰を上げる。
「さて……母さんの言葉に従って、大学に行く準備でもするか」
まだ時間はあるが、母の操り人形になって何十年も経つからか、準備をしなければならないと、俺の身体が伝えてくる。
準備を終えた俺は、ただ無心にテレビを見ていた。何度も流れるニュースに、飽き飽きしていた。電源ボタンを押すと、テレビ画面が消えた。反射されて映る自身の姿は、心底憂鬱そうにしていた。こんな顔で、よく母さんにバレないな。母親の鈍感さに少しだけ感謝した。
「自殺……か」
部外者が出来ることなんてたかが知れてるけど、どうか……彼女が幸せになってほしいと願う。きっと彼女も……この世界の被害者だから。
会うことなどないだろう彼女に対しそんなことを思いながら、頃合いを見て俺は家を出た。
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