私、縫います!

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私、縫います!

 狐につままれたような顔をしてしまっていたんだろう。その後、エステル様は懇切丁寧に説明してくれた。    王宮に住む王様や王妃様、王弟殿下などには、それぞれ〈奉仕団〉と呼ばれるお世話係集団がつけられている。  予算を無尽蔵に使うわけにはいかないから、一人につく奉仕団の人員には定員がある。  そして王宮で仕事にありつきたい人は、五万といる。  当然、空いたポストを取り合う争いは、熾烈を極める。  そもそも、王妃様の元を訪れる人の数が膨大だからして、貴族であっても、なかなかお目通りの順番も回ってこないのだ。  そこで大物に口を利いて貰おうと袖の下が横行する。  中には、口を利いてやると言って紹介料だけをせしめる詐欺師みたいな人もいるという。 「そういう怪しい人も通さず、直接売り込めるかもしれない舞踏会は、とっても貴重な機会なの」  今度の王妃様は、新しもの好き、そしてとりわけファッションが好き。  良質なレースや織物を産出する諸外国との貿易を、熱心に行っている。年に数回、自ら視察旅行に出かけるほどだ。その際は奉仕団も伴っていく。  それもあって、自分の奉仕団をセンスのいい人で固めているのだ。 「だから、舞踏会で目に留まるドレスを着ていれば、それだけでお話出来る可能性がぐっと上がるの」  エステル様の得意は語学。王族で、外国との貿易にも力を入れるとなると、語学は欠かせない。自分なら必ずや王妃様のお役に立てると思っているのだという。  なるほど、舞踏会は自分を売り込む交流会みたいなものかと私は思った。貴族様も就職活動するんだなあ。 「だけどみんな考えることは一緒なのよね」  王妃様付き女官のポストを狙っている家は他にもある。そういった家が街中の有能なお針子を押さえてしまって、途方に暮れていたそうだ。仕立屋のオーナーが目の下にくっきり黒いクマを作っていたのも、舞踏会に向けて忙しかったからなのか。 「もちろん報酬は支払うわ。――お願い、できるかしら?」  エステル様は眉を八の字にして、私を見上げる。  あまりに必死なエステル様の表情に、私は「あの……」と小さく手を挙げた。 「エステル様は、どうしてもお仕事をされたいんですか……? お金持ちにお輿入れをされたりっていう道は……」  こういう世界観の場合、令嬢ってまず結婚を考えるものなんじゃないだろうか。 「労働? なにそれ美味しいの?」――っていうのが貴族様なのでは? 「我が家は父が亡くなっていて、叔父が私たちの後見人なんだけど、叔父は私を五十も離れた男に嫁がせようとしているの。……王妃様付の女官になりたいから嫌だって言ったら、鼻で笑われたわ」  そう言って浮かべたエステル様の笑みは、淋しげだった。 「だから叔父の目を盗んで上京してきたの。王妃様付の奉仕団の席が空いてるってことがそう何度もないし、何度も上京することもできないわ。今回の舞踏会で、なんとしてでも王妃様の目に留まりたいの」  でないと、意に染まぬ結婚をさせられてしまうってことらしい。  私には、エステル様の気持ちがよくわかる気がした。  勉強したいと言っても、取り合ってもらえない哀しさ。  自分の意思に関係ないところで、人生が決められてしまう不条理さ――  どちらも、身に覚えがあるものだったから。   「私、縫います」   気づいたら、私の唇から、そんな言葉が漏れ出ていた。 「――ありがとう!」  エステル様が、飛びつくようにして私を抱きしめる。 「く、苦し……」  その向こうで、アラン様の口元が、かすかに緩んでいるのが見えた。あら、そういう顔もできるんですね、アラン様。イケメンが際立つじゃないですか。 「ギブギブ」  私はエステル様の背中を叩いてなんとか解放して貰った。  脳に酸素が回ったところで、急に現実的な問題が頭に浮かぶ。    私、ドレス縫ったことないじゃん。  和裁士だもの。  しまった。つい己とエステル様を重ね合わせて安請け合いしてしまったけれど、一番肝心なことをすっかり忘れていた。  さーっと血の気が引いていく。  私はおそるおそる面を上げた。 「あの、エステル様、それで、舞踏会はいつ……」  エステル様は一瞬視線をさまよわせ、それから、不自然な笑顔を顔に貼り付けて言った。 「――三日後♡」
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