お針子のひらめき

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お針子のひらめき

 このドレス、ほとんど切らずに縫ってある。    ローブの背中側も、スカートのひだも、切って接ぎ合わせるわけではなく、ひたすらタックを寄せることで作っている。  スカートの腰部分が膨らんでいるのは、裁断や縫製のテクニックによるものではなくて、単にサイドフープという、詰め物を腰の両サイドに装着しているからだった。  貴族の世界でも、布が貴重なのは同じだ。このドレスは直線裁ちの直線縫い。極力鋏を入れず、何度でも仕立て直せるようにできている。  これ、解いたらほぼ布に戻るんだ。  着物と、近い。  知っているだろうか。着物も、縫い目を解くとほぼ元の一反の布に戻るのを。  仕立て直すときは、洗い貼りといって、総て解いて反物に戻し、洗ってのり付けをする。そうやってさらの反物に戻して、もう一度一から仕立てるのだ。  そうすることで、着物は何度でも生まれ変われる。  こっちの世界のドレスでも同じだということに、私は静かな興奮を覚えた。  ぎゅんぎゅんと、お針子脳が高速回転し始める。  型紙に沿って複雑な裁断が必要なわけじゃないから、今日この場でエステル様の体に合わせて仮縫いしてしまえば、すぐ縫い始められる。  膨らますのは中のフープでやってるだけだから、ひたすら直線縫いでいい。  舞踏会は三日後。もちろん店の仕事は休めない。でも、他の時間をすべて当てれば、私なら――  いつの間にか私は、微笑んでいた。 「間に合いますよ。三日後に」 「ああ、ありがとう、ローズ……!」  私は再びぎゅううっと抱きしめられた。 「ギブギブ」  というわけで、納期の問題はどうにかクリアできそうなことが判明した。 「あとはセンスのいい王妃の目に留まるよう、目立つことっていう問題ですね」  そう切り出すと、さっきまで上機嫌だったエステル様の顔が、さっと曇った。 「今、都では縞模様が流行なんだけど、全部ライバルに押さえられてしまって……こんな色しか用意できなかったの」  ふむふむ、と頷きつつ布を確認する。絹のパステルピンクと、パステルイエロー。 「充分素敵じゃないですか?」  素材が天然の物しかない分、光沢が美しいし、手触りだっていい。特にパステルイエローは、エステル様の髪や肌の色にも合いそうだ。  というか、私がイメージする「舞踏会のドレス」って、こういう淡い色で、縞ってちょっと合わないような気がする。現代の感覚では、縞って、どちらかといえばカジュアルじゃない?  エステル様は首を振る。 「駄目よ、こんなの。昼のお茶会ならともかく、大広間の灯りの下で見たら、全部映えないもの」 「あ……」  灯り、と言われてやっとぴんと来た。前世、まだ実家の店が繁盛していた頃、父と常連さんが一旦わざわざ店の外に出て、太陽光での色の見え方を吟味していたことを。  色は、当たる光の種類によって、見え方が変わってしまうのだ。  そして、蝋燭の明かりの下での淡い色は――全部同じ白っぽい色に見えてしまうことだろう。  さっき、エステル様の他のドレスを見せてもらったとき、実はちょっと違和感を覚えていた。  はっきりした赤や青は、彼女にあまり似合わない気がしたからだ。けれど、そういった強い色でなければ、蝋燭の明かりの下では存在感を出せない。 「目立たなきゃいけない場で、淡い色は駄目ってことですね……かといってデザインを大幅に変えたら納期が間に合いませんし……」  私はうーんと考え込む。  だめだ。全然わからない。  そもそも私は、戦略的に目立つ服装をしなきゃと思ったことがない純ジャパだ。  就活になれば、同じようなスーツ同じような鞄、同じような靴を履く。個性なんてむしろ喜ばれない。無個性な労働力生産工場、それが日本。  ――いけないいけない。また思考がネガティブな方向へ。  感情の浮き沈みが激しいのは中年だからだ。許して欲しい。  ともかく、私は半世紀近く目立たないことが美徳である国で暮らしていた。今回とは、まったく真逆の課題の中で生きてきたのだ。  そんな国日本の、和の美っていうのは、こう〈敢えて隠す〉みたいな―― 「あ」  私の中の和の心が、なにかを捉えた気がした。  以外にも、着物と近い性質を持っていたドレス。  見えなくなってしまう色。  もうちょっとでなにかを掴めるそうな気がする。  うんうんと考え始めた私の様子を心配してか、アラン様が「だ、大丈夫か……?」と訊ねてくる。 「黙って!」  思わず叫んでしまった。  気をつけないと、消えちゃうのよ、一瞬で! 中年の閃きは!!  アラン様はアラフィフの情緒不安に直面して、目をぱちくりさせている。  あら、そういうお顔もできるんですね。今日はイケメンのいろんな表情が見られてお得な日だ。  ここが外ではなく、プライベート空間だからだろうか。いつもの険しい表情だけでなく、幼さが垣間見える。 「垣間見える……」  呟いた瞬間、閃きが、頭の中ではっきりとした形になった。  不安げに様子を見守っていたエステル様に、私は告げる。 「私に、考えがあります」
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