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 薄々気づき始めたのはそれから少し後のことだった。  初めはふとした拍子に思い出す程度だった。それがいつしか度々思い出すようになり、考えるようになり、考える内容が変化し、脳がお姉さんに割く時間はどんどん膨らんでいった。  朝起きた瞬間から寝る直前まで無意識にお姉さんが頭に浮かぶようにもなった。授業中であれなんであれ、気を抜けば思考はお姉さん一色に染まった。  出かけた日には大抵、お姉さんが隣りにいるシチュエーションを想像した。帰りを待ってくれているパターンもあった。幸せだった。励みになることもあった。苦しくもあった。脳にはお花が咲いていた。  一目見た瞬間からすべては始まっていたんだと思う。  人は唐突に理想すぎる相手を前にすると反応が追いつかないのかもしれない。  思えばあのとき、俺は夢とうつつのはざまで静かに衝撃を受けているだけだった。恋情の入り込む余地はなく、可愛い、感じのいい人だ、と事実を事実として認識しているだけだった。  そうして感情は遅れて胸に灯った。  行動しなければ後悔する気がしてならなかった。  自分の気持ちを自覚してからというもの、俺の脳内ではどうやってお姉さんとお近づきになるかの議題で持ちきりになっている。  ――お付き合いされてる方っていますか。  返答次第で連絡先を渡す。  ……それはいきなりすぎやしないだろうか。    あんな理想を絵に描いたような女の人とこの先出会える保証はない。もっと慎重に、まずは客として当たり障りのない会話から始め、徐々に距離を縮めるのがいいんじゃないか。  そのためには店に通い……って、どうしてお花屋さんなんだろう。  もちろん花に囲まれて働くお姉さんは大変素敵だ。でも、他にもいろいろあるじゃないか。自然に通える店がさ。コンビニとか喫茶店とかいくらでも。よりによってどうしてお花屋さんなんだ。  待てよ。むしろ好都合なんじゃないか。  もしコンビニや喫茶店で働いていたら外部の人間の目に触れる機会は数十倍、数百倍と跳ね上がっていた。特別な感情を抱く人間を量産していただろう。それに伴って行動を起こす人間の数も増えていたはずだ。  危なかった。お姉さんがお花屋さんで働いているのは幸運だったんだ。  それに花屋さんである強みは他にもあった。  話しかけやすいという一点においては他の多くの業種よりも優れている。花を買う前提さえあれば自然かつ容易に相談できてしまうのだから。  そうだ、花を買いに行こう。  何を悩んでたんだ俺は。簡単なことじゃないか。  花と言えば、母の日。  だけど母の日は五月。今は十二月だからまだまだ先だ。  では敬老の日は、と俺はスマホの電源を入れた。  九月か。三ヶ月前に終わってる。  妹の誕生日は十月。母さんは夏生まれだから母の日を待つほうが早い。  架空の誕生日を作れば……  考えただけでうしろめたくなった。お姉さんに嘘はつきたくない。お姉さんに限ったことではないけど、お姉さんであれば尚更だ。  狡猾に立ち回れないのが凶と出ても後悔はしない。  うん。しない。 「よし」  おばあちゃんの誕生日はいつだったかな。  急ぎ二階の自室から一階に下りた。 「母さん、おばあちゃんの誕生日っていつだっけ」 「え、おばあちゃん?」 「そう。いつ」 「五月六日よ」  ほぼ母の日。 「ちなみにだけど、父さんの誕生日っていつだっけ」 「明日よ」  父さんが背中を押してくれている気がした。  こうなればなりふり構っていられない。父さんに花を贈ろう。
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