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 放課後。学校の最寄り駅から電車に乗りこみ、三つ先のK駅で降りた。  構内のトイレで身だしなみを整えたあと、街へ足を踏み出す。路地に入り、お姉さんの働く花屋さんを目指した。  目的地が近づくにつれ気配を濃くした不安は、今やぴったりと俺に張りついている。  歩いていると緊張で息が上がりそうだった。周辺は喧騒がなく穏やかで、行き交う人々も妙に落ち着いているように見える。こんな場所で胸をバクバクさせている自分がなんだか異質な存在に思えてきた。  路地を曲がると花屋さんが見えた。  俺は路傍に立ち止まった。  今日も営業している。  店内に客の気配はない。  深呼吸すると、吐く息が小さく震えた。  とりあえず落ち着こう。告白するでも連絡先を聞き出すわけでもないんだ。落ち着け。お姉さんと話せることをただただ喜べ。  胸の内がゆるやかに凪ぎ、さざ波程度におさまった。  息を一つ吐き、扉に手をかける。 「こんにちは」  言いながらあたりを見回す。  作業をしていたエプロン姿の女性が振り向く。髪を首の後ろでふんわりと一つに結った綺麗な人だった。 「いらっしゃいませ。こんにちは」  お姉さんの姿が見当たらない。  途端に緊張が抜ける。  落胆と安堵が同時にやってきた。  心底残念なのにほっとしている自分がどうしようもなく不甲斐ない。 「あの」 「はい」 「誕生日のプレゼント用に花束を作ってほしいんですけど。千円くらいで軽い感じの花束ってできますか」 「はい、大丈夫ですよ。どういった方に贈られますか」 「えーと、親です」 「お母さん? お父さん?」  親の誕生日、花、ときて母親に贈るものだと決めつけないのはさすがと言えるけど、今は決めつけてくれてよかった。 「父です」 「お父さんか。えー、素敵。いつもお花贈ってるんですか」 「いえ、今回が初めてで」  店員さんは目を細めた。好印象を与えているのが手に取るようにわかった。人によく思ってもらえるのは喜ばしいことだ。喜ばしいことではあるが、相手がショートボブのお姉さんだったらと考えずにはいられない。 「いらっしゃいませ」  気を抜いていたら奥から別の店員さんが現れた。心臓が縮み、全意識がそちらに引っ張られる。  ボブカットで明るい髪色。違和感を抱えながら急速に速まった鼓動は、すぐ静まる。別人だった。  軽く頭を下げ、花束の話に戻る。花の種類はさっぱりわからないので店員さんにおまかせして、包んでもらった花束を購入した。自分で決めたのはメッセージカードとリボンの有無だけだった。  その後の店員同士の会話で接客してくれたのは店長だったことがわかった。店長さんは優しくて話しやすくてとても気持ちのいい人だった。店を出てもなお気分がいい。明日、報告を兼ねてまた来ようと思った。  夕飯時になり、食卓にケーキが並んだタイミングで花束を渡した。  妹と母さんは笑っていたけど父さんは思いのほか喜んでいて、店長さんに誰に贈るのかと聞かれたあのとき、もっと自信を持って答えればよかったと思った。  翌日、早速花屋さんを訪れた。  花束を受け取った父さんの反応を話すと店長さんも喜んでくれた。  しかし肝心のお姉さんはまたしてももいなかった。  がっかりした。でも肩を落とすことはなかった。  店長さんになら話せそうな気がしたのだ。簡単には切り出せないかもだけど、今後も会えない、会えても話しかけられないようなことが続けばお姉さんのことを相談しようと心に決めた。
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