出:最後の切り札

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出:最後の切り札

 次の日出勤すると、神妙な面持ちの佐々木が近寄ってきた。思わず身構えた私の耳に飛び込んできたのは思いもかけない言葉だった。 「加賀さん、あの、資料の修正ありがとう。問題なかったよ。……今回のことは、その、本当に申し訳なかった。昨日遅くまで残ってくれたみたいで…… 今日は自分の分終わらせたら早く帰って良いから。それじゃあ」   猛吹雪でもくるのだろうか? と固まっていると、「ちょっと」とお局に給湯室に呼び出された。聞くと、なんとお局直々に佐々木に釘を刺してくれたという。私と後輩の押し問答を聞かれていたらしい。若者からは煙たがられる事が多いが、高齢層からの支持が高い彼女の発言力は存外に大きいのだ。 「部長には言わなかったわ。本当に佐々木さんに忠告しただけ。次こういうことをしたら、タダじゃおかないって」  何故? という顔を隠せていなかったのだろう。お局は気に入らないと言わんばかりにフンと鼻を鳴らして続けた。 「貴方のためじゃないからね。まったく、辞めるんだから最後くらいガツンと言いなさいよ! 今回みたいな事を放っておけば、ああいう性根の奴はどんどんつけ上がるんだから。自分達が働きやすい職場の為に動いただけ。貴方も、我慢すべき所と、立ち上がるべき所は見極めなさい」 「ありがとうございました。……本当に、ありがとうございます。」    今までならよく考えもせず謝っていた。そして頭の中で「私に出来るわけないじゃん」と拗ねていただろう。 「何か……雰囲気変わったわね。貴方っていつも何か溜め込んでいる気がしてたのよ。今回のこともそうだけど、自分さえ我慢すれば良いなんて考えはやめなさい。それは最終手段。話を聞いて、意見を出して、認めたり否定したり、やっぱり関わらないでおこうって決めたり、それを全部やった後の最後の切り札なの。それくらい大事なのよ、自分自身っていうのは」 「私、安藤さんには嫌われてるんだと思ってました」 「嫌いならこんなお節介焼かないわよ。嫌なことあっても顔色一つ変えないで、自分押し殺してさ、凄いと思ってたよ。私なんて言いたいことは何でも言っちゃうもんだから。こんな忠告しといて何だけど、貴方が波風立てないでいてくれたから助かったことが何度もあった。感謝もしてるし、その分申し訳なくも思ってたのよ。だからこそ伝えておこうと思って。……これからはもう少し自由に生きなね」  こんな風に見てくれていたのか、もっと早くに気づけていたら…… いや、そう考えるのは逃げだろう。気づくタイミングはいくらでもあって、私は敢えて目を逸らし続けていたんだ。彼女には会社用とは別にお煎餅も渡そうと思った。
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