退:タイムカード

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退:タイムカード

 翌日、待ち合わせの駅に着くと改札を出たところで宮野さんが待ってくれていた。ライトグレーのボトムスに、白のトップスと水色のジャケット。春らしくて、さわやかな彼にぴったりなコーディネートだった。いつもスーツをビシッと決めているギャップから、思わず見つめてしまった。 「ワンピース、すごく似合ってる! 髪も巻いてるの新鮮だぁ。とっても可愛いです」 「宮野さんも凄くカッコいいです。私、張り切りすぎじゃないかってちょっと心配だったんですけど……」 「俺のために張り切ってくれたんだったら、それこそ幸せです」  すらすらと出てくるなぁ。恋愛経験値の差だろうか、私だってもっと沢山褒めたいのに、彼の言葉に素直に喜びたいのに、もじもじと顔を赤らめるので精一杯だった。      デートは先に映画とランチを外で済ませて、最後に宮野さんの家へ行く予定だった。観たのは無難に恋愛映画。本当は別のミステリー映画が気になっていたが、スプラッターシーンがあると聞いて最初のデートには相応しくないと思いとどまった。今度1人で観に行こう。  カフェでパスタを食べ、食後のケーキを戴きながら映画の感想を話し合う。 「記憶喪失はベタでしたね」 「ね、でも隣から鼻をすする音が聞こえた気がしたんだけど、気のせいかな?」 「気のせいです」  映画の登場人物と自分を重ねて、宮野さんが私のことを忘れてしまったらなんて、こちらもベタな事をして涙腺が緩んだなんて絶対に知られたくなかった。何食わぬ顔で、ガトーショコラに生クリームをつけて頬張った。宮野さんはいたずらっ子の顔をして何か言おうとしたが、思いとどまって優しく笑うだけにしてくれた。 「この間もケーキ買ったって話してたけど、甘いもの好きなの?」 「そうですね。太りやすいので、ご褒美にちょっとお高いやつを食べることが多いです。そういうのをモチベーションに生きていると言いますか……」  言いながら後悔した。折角のデートでこんな話をするつもりは無かったのに。楽しい雰囲気に水を差してしまっただろうか。スマホを忘れた夜に見た、あの居心地の悪そうな宮野さんの顔が過ぎった。変われた気でいたのに、こんな事が自然と口から出てくるぐらいには私の人生には仄暗い影が染み付いているんだ。 「そういうの、大事だよ。俺もあるもん。月一のご褒美。それを生きがいにしてる」 「宮野さんにも?どんなものですか?」 「……まだ秘密。すぐに分かるよ」  貴方の生きがいになれる日がいつか来たらいいのに。そう思うのは欲張りすぎだろうか。  
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