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一通り私の病気が何たるかについて、そしてこれから顕れるであろう症状、施されていく療法について等の話を聞いた。自分のことなのに、他人事のようだった。父と母には着替えをとりに行くという名目で、席を外してもらった。昼下がりの病室に宮野さんと2人きり。
訪れる沈黙…… 彼から切り出す。
「タイムカード……」
「……」
「俺もずっと付けていたんだ。加賀さんはさ、死にたいわけじゃないから生きているって言ってたけど、俺は逆だった。俺は…… 死にたくて仕方がない人間なんだ。
パワハラとか、この世に絶望してるとかそういう深刻な話じゃないんだ。子供の時からなんだ。俺、すごいお婆ちゃんっ子でさ。そりゃあもうベッタリで。優しくて、けど悪いことをしたらしっかり叱ってくれる、何でも知ってる婆ちゃんが大好きだった。
そんな婆ちゃんが、俺が6つの時に亡くなった。葬式が済んでもいつまでも泣く俺に、母親が言ったんだ。『おばあちゃんは天国に行ったの。温かくて明るくて、幸せな場所だよ。おばあちゃんは天国から爽真が頑張ってる姿を見守ってくれてるから、泣かないで笑ってあげて』って。そこからだった。死後の世界に憧れを抱いて、この世が色褪せていったのは。
大人になって、あんなのは親が俺を慰めるために言ってくれた嘘なんだって理解はしてるのに、でもダメなんだ。ダメなんだよ…… 死ねば幸せになれるって気持ちがどうしたって拭えないんだ」
彼はどんどん俯き、声はだんだん震えていった。
「2年くらい付き合った彼女がいたんだ。ある時彼女に言われてね。『この先10年、20年と貴方の隣で歩んでいきたい。私達お爺ちゃんお婆ちゃんになっても仲の良い夫婦になれると思うの』ってさ。
その時痛感したんだ。俺は毎日を「今日も死ななかった」とやり過ごすことに精一杯なのに、他の人達は何十年も先の未来に思いを馳せているんだって。彼女のことは好きだった。だけど、彼女と一緒に過ごす未来はもちろん、四十、五十まで生きている自分さえも思い描けなかった。
彼女とはそこで別れたよ。それ以来、子供の頃からの死への憧れが、溢れるほどに膨らんでいった。そこから付け始めたんだ、タイムカードを。
どちらかといえば生きていようと思った日は、出勤時刻を記入する。月に1日も記入できなきゃ死のうって思ったんだ。仕事に打ち込んでみたり、習い事をしてみたり、始めた時は楽しいと思っても、すぐに死にたいって欲が勝った。
けど周りから見た俺は、仕事ができて多趣味で、まさに人生を謳歌している人間に見えるみたいで…… 馬鹿にするのも大概にしろって思った日もあった。鏡に映る俺は、虚で魂の抜け殻みたいな人間なのに。誰も俺を理解してくれない、なんてガキみたいな事を考える時期もあったよ」
そこでつい口を挟んでしまった。
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