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「けど、半年くらい前からは出勤回数がとても多かったです」
「あ、全部見られちゃってたか…… それはね、加賀さん、君のお陰だよ」
私? 私と彼が話すようになったのはここ2ヶ月くらいの話だ。私の疑問がお見通しだというように、彼が続けた。
「今の家に引っ越して少し経った時、たまたま加賀さんと帰りの電車が被ったことがあったんだ。混んでる車内で分からなくて、気づいたら俺の目の前にいたんだよ。
あ、支店の子だ〜って、その程度だった。そしたら、申し訳ないんだけど…… 本当にたまたま、加賀さんのスマホの画面が目に入っちゃってね。SNSの投稿画面だった。
『何で生きなきゃいけないんだろう』
そう打って、少し考えてから全部削除してた。見たのは本当にそこだけ。けど、それ以来加賀さんのことが頭から離れなくなった。上手く言葉に出来ないんだけど、何故だかあの瞬間からすごく楽になったんだ。
赤い丸も見たでしょ? あれさ、支店に行く日なんだよね。加賀さんに会える日。気持ち悪いな俺っ! けど、俺には加賀さんに会うっていうのが何よりのご褒美だった。俺は今日も生きてます、貴方もどうか生きてください。そう願って会いに行っていたんだよ」
何よりも欲しかったものは、最初から手の中にあったのかもしれない。
「辞めちゃうって聞いて、どんな結果になっても後悔したくないと思えたんだ。そういうの初めてで、でも勇気を出したら加賀さんとの距離がもっと縮まった。
手放したくないと思った。そうしたらまるで俺の気持ちが通じたみたいに、東京に残るって言ってくれた。
俺…… 俺ね、加賀さんとなら何十年先の未来だって思い描けたんだ。加賀さんと…… ずっとずっと、2人並んで生きていきたいと思ったんだ。
貴方が、俺の生きがいだったんだ……」
涙で顔をぐしゃぐしゃにしている。あぁ、貴方のくしゃっとした笑顔が大好きだった。それをこんなにさせているのは、他でもない私なのだな。
「……泣かせてしまってすみません。本当に夢のような時間を過ごせました。宮野さんのおかげでこの数ヶ月、私は息をすることができました。宮野さんの方こそ、私の生きる希望だったんです。
天国は、思ったよりつまらない所かもしれません。生前仲の悪かった同僚だとか、しょっちゅう小言を言ってきたお隣さんとか、そんな人達とまた顔を合わせて気まずい思いをするんですよ、きっと。
宮野さん。宮野さんなら大丈夫。これから先も別の生きる希望を見つけられます。絶対です。私には分かるんです」
「……やっぱり優しいね。謝ることない。ごめん、俺が泣いちゃ加賀さんが泣けないね。今日は気持ちの整理とか必要だろうから、俺はそろそろ帰るよ」
「はい、さっき母から連絡来てました。もうすぐ戻ってくるそうです。本当にありがとうございました」
宮野さんが部屋を出ていこうとして、振り返る。
「また明日来ます」
「はい、また明日」
扉が閉まった瞬間には涙が溢れ出していた。なんでなんでなんでなんで。何でこんな若さで。何で私が。何で今。
全部全部嘘だった。夢ならば醒めてほしい。宮野さんに出会わなければこんなに命が惜しくはないのに。あの日、あの時、彼の申し出を断っていれば、私はこんなに泣いていないはずなんだ。
目をつけてくるお局は、誰よりも私を気にかけてくれていたんだ。隠し通せていたと思っていた悩みは、全部両親にはお見通しだったんだ。キラキラと輝く爽やかイケメンは、誰よりも死に向きあっていたんだ。
だから、だからきっと、つまらないと決め付けていたこの世界も、きっともっと美しいんだ。
だから、私は生きたいんだ。
何で死ななきゃいけないんだろう
教えてください
教えてください……
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