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退:苦しみぬいて死ねばいいのに
最近褪せていた世界の色が、少し戻ってきたような気がする。隣のアパートに椿が植えられているのを初めて知った。あの艶やかな紅に、どうして今まで気がつかなかったのだろう。飛行機雲に目がいったのは、いつもより少し上を向いて歩いていたからかもしれない。
期待してはいけない
少し前までの私が袖を引っ張る。どうせ辞める会社の、どうせ今後会えなくなる人の、どうせすぐに忘れられてしまう時間の、何が惜しいというのか。
彼女を責めてはいけない、彼女は私の防衛本能なのだから。誰かに深く傷つけられる前に、自分で小さな傷を作っておく。他人を妬み憎むより、卑屈な自分を嫌うのだ。だって自分自身のことは、心の底から嫌いにはなれないでしょう?
心の中で、まだ袖を引っ張っている彼女の手を握る。これでいい。これがいい。カメラの設定をいじくるように、世界の彩度を元に戻した。
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