あなたと、同じように

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 その遺体は百のパーツに綺麗に分けられていた。切断面は肉も骨も恐ろしく平らで、鋭利な刃物で一刀両断したと思われる。鋸で何度も挽いて切っては、こうはいかない。まるで芸術品のような遺体を前に、小野田は唸った。その様子を見た寺町は眉をひそめる。 「何カンシンしてんスか。変態のハンコウっスよ」  遺体は無臭だった。この状態に、つまり百に分けられてから発見までに時間がかかってしまったと思われるが、肉は鮮やかな赤い色を保ち、まるで肉屋のショーケースに並ぶ最高級の肉のようである。何か特殊な処理が施されたようだが、それがどんな技術によるものなのか科捜研は現時点では答えを出せていない。匂いは全くといっていいほどない。現場ではルミノール反応は出なかったという。しかし、寺町は臭え臭えと鼻をつまんでドアの内側に入ろうとしなかった。 「あんまり綺麗に処理してあっから、そりゃ感心もするわい」  うわあ、と寺町が部屋から、というより小野田から遠ざかる。 「もうそのハッソウがヤバいですって。小野田さんマジサイコ」  うるせえ、と小野田は部屋の外側で青い顔をしている寺町を睨みつけた。こっわ、と言いながら寺町はしかし、恐る恐る部屋の中へ入ってくる。 「あ、やべえ。オレ吐きそうっス」  おえーと口にハンカチを当てる寺町を小野田は無視し、分けられた遺体の、とりわけ骨をしげしげと眺めた。骨に肉はついておらず、肉を刮いだ跡もなく、汚れもない。小野田は手袋をした手で骨の一つを摘み上げ、しげしげと眺めた。 「昔よう、いとこの兄弟たちと仲よくてなぁ」 「ぅえぇ?」 「海に行ったんだ」 「う……はあ」 「砂浜に綺麗な貝殻が落ちててよ、みんなで拾ってた。俺も綺麗な白いのを拾ったんだよ。そんで、みんなに見せたわけ。綺麗なヤツ拾ったってな」 「小野田さんにもそんなジュンスイな時期があったんスね」 「そしたらいとこの兄ちゃんが、それ、歯だ、って」 「げえ、何の話っスか」 「だから、歯、だよ。人間の歯。小さい子どもの歯だった。抜けた歯を海に捨てたんかと最初はみんな思ってたわけ。でも、他にも人の骨っぽいのが見つかってよ」  小野田のいとこは近くにいた大人に話し、その大人が警察に通報した。 「しばらくして逮捕者が出てなぁ。俺が拾ったのはご遺体の一部だったんだよ」 「うええートラウマじゃないっスか」 「そうでもない。俺は人の骨が美しいものなんだって、その一件で気付かされたよ」 「うわーやべえ気付き」 「事実だ。殺しはやべえが骨が美しいということは単なる事実でしかない」 「よくわかんねーけど、小野田さんがガチマジサイコなのはわかったっス」 「もし俺が死んだらこんな風に綺麗に骨を遺してもらいたいよ」 「はああ嫌なユイゴン聞いちまったよ」  遺体を検めた後、小野田と寺町は署を出た。目撃者は見つかっておらず、遺体の身元も不明。捜査は暗礁に乗り上げていた。しかし、寺町は自分の相棒である敏腕刑事が見つかるはずのないような手がかりを魔法のように見つけ出し、事件を解決に導いていく様を何度も見てきた。今回も小野田が犯人を割り出すのは時間の問題だろう。寺町は小野田の煤けた焦茶のコートをなんとはなしに見つめていた。 「あ、そっか」  妙に明るい声で寺町が言う。小野田は振り返らず、背中で寺町の話を促してやった。 「小野田さんがサイコだから犯人の気持ちがわかって逮捕できちゃうんスね」 「はあ?」 「だから、犯人がどう動くかとか、そういうのわかるから手がかり見つけられるんスよ。俺らみたいなセイジョウな人間には思いつかない犯人と同じやべえシコウができっから犯人を追えるーみたいな」  小野田は黙ったまま車の助手席に乗った。寺町がニヤニヤしながら運転席に座り、エンジンをかける。 「あっ」  先程とは一転、寺町は表情を凍りつかせて隣に座る小野田をチラリと見た。小野田はその視線を受けて、寺町に話を続けるように目を向ける。 「俺今サイコと二人っきりっスよ、マジやばくないっスか!」  小野田はフッと鼻で笑った。 「早よ車出せ、アホンダラ」  へーい、と気の抜けた返事をし、寺町はハンドルを握った。  しかし、と小野田は車窓を見る。  寺町の言っていることはあながち間違ってはいない。  あの夏の日、綺麗なを見つけたあの日。自分のものにしたかったその貝殻は子どもの歯で、小野田のものにすることはできなかった。大人が奪っていき、小野田は泣いた。両親もいとこも、が死んだ人間の歯だとわかったから怖くて泣いているのだろうと思っていたようだがそうではない。自分の心をつかんだ美しいものが、もう二度自分の手の内に戻らないことがとても悲しかったのだ。  初めて乳歯が抜けたとき、小野田はその乳歯を飽きもせず何時間も眺めていた。これが自分の口の中に生えていたのかと思うと愛しい気持ちすら込み上げてきた。あの貝殻のように美しい歯は手に入らなかったが、自分の血塗れの乳歯は誰も奪おうとはしなかった。小野田は自分の抜けた乳歯を水洗いし、母親から貰ったジャムの空き瓶に入れて学習机の上に飾っていた。時々瓶から取り出して手の平の上で転がしてみたり、口の中に入れて舌でその形を味わったりしていた。乳歯が抜けるたび、瓶の中は埋まっていく。それを小野田は矯めつ眇めつ眺めては恍惚としていた。  今尚その瓶は残っており、小野田は捜査が煮詰まると自身の骨を瓶の中で鳴らしてみるのだ。骨は骨と瓶とにぶつかってカラカラと小気味良い音を立てる。しかし時間と共に瓶の中の乳歯は茶色く変色していった。  白く輝くような骨が見たい。  その衝動は突然湧き起こる。そして、その度に小野田はなんでもないフリをする。自分は骨を見つける側の人間だ。骨を側ではない。目を閉じて、身体中に渦巻く嵐のような衝動をじっと耐えていると、それはフッとどこかへ消えていく。しかしその衝動は小野田を脂汗にまみれさせ、極寒の地に放り込まれたように震えさせる。心配した両親に色々な病院に連れて行かれ、心療内科で処方される薬が一番効くことがわかり、その薬は今でも小野田の嵐を沈めるのに一役買ってくれている。処方量は年々増えてはいるのだが。  寺町の言うサイコが、本来の自分の姿なのかもしれない。そんなことを何度も何度も繰り返し考えてきたが、なんとか今の自分のままで居続けてきた。正常な人間。それが今の小野田の姿だ。  それにしても  美しい骨だった  発光するかのような白。滑らかな肌触り。素手で触れてみたくなる……  あの衝動が湧き上がるのを小野田は感じた。しかしそれはいつもの嵐のような不快感を伴わず、極上の音楽に身を包まれているような、幸福な気持ちにさせてくれた。        
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