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「何これ?」
思わず零れた声。少し前を歩いていた浩輔が、振り返った。
「どうかしたのか?」
立ち止まった浩輔は、私の手に持っていた絵ハガキに視線を落とした。
美しい街並みの絵ハガキからは想像できない言葉が書かれていた。
「何だよ、これ。差出人は?」
「ううん、ない」
《恋人と別れなければ、あなたの大切なもの、盗みにうかがいます》
とても丁寧な文字で書かれていたメッセージ。
宛先が書かれていなければ、たまたま私のポストに投函された悪戯だと、片付けられたかもしれない。だけど、そこにはきちんと私の名前も住所も書かれている。つまりは、私のことを知っている人物がこの絵ハガキを送りつけてきたんだろう。
しかも、恋人と別れなければって。ふと、浩輔の顔を見る。浩輔とは、付き合ってもうすぐ二年になる。行きつけのバーで飲んでいるとき、浩輔に声をかけられたのがきっかけで付き合い始めた私たち。休みが滅多に合わないこともあって、月に二度、会えるかどうかだ。
「浩輔には、心当たりない?」
「え? 何で俺?」
「だって、これって浩輔と別れろっていう脅迫じゃない?」
「あ、そういうことか。てか、そんな心当たりあるわけないだろ」
「そう」
浩輔が何か隠しているような様子はなかった。
なかなか会えない分、電話やメールでのやり取りは、マメにしている。他の女の影を感じたことは、一度もない。
この絵ハガキを出してきた人が、勝手に浩輔を想っているということも考えられる。どっちにしても、決して気持ちのいいものではなかった。
「こんなのが届くと、悪戯だったとしても気分悪いな」
「うん、そうだね」
部屋の中に入ると、浩輔はすぐにその絵ハガキをゴミ箱に捨てた。
「待って、捨てないで」
「え、何で?」
「うん、何かあったときの証拠として、取っておこうと思って」
私はその絵ハガキを拾うと、引き出しの奥深くにしまった。
「なぁ、朝香の大切なものって何?」
「どうしたの、急に」
「書いてあっただろ? 恋人と別れなければ、大切なもの、盗みにくるって」
私の大切なもの。
もちろん、大切なものはたくさんある。だけど、浩輔と別れてまで、盗まれたくないものは、あるんだろうか?
そう考えると、私にとっての大切なものが何なのか、まったく思い浮かばなかった。
「浩輔はある? 大切なもの」
「うーん、そうだなぁ。クリスマスに朝香にもらった財布とか、一年記念日にふたりで買ったお揃いのリングとか?」
「うん、それは私も大切だよ。でも、浩輔と別れることよりも、守りたいものじゃない」
「まぁ、確かにそうだな」
浩輔はネクタイを緩めながら、ソファーに腰をおろした。
「本当に、盗みにくるのかな、大切なもの」
「まさか、ただの悪戯だろ。このマンション、セキュリティーもしっかりしてるし、泥棒なんて入れないよ」
優しい笑みを浮かべた浩輔は、私の腕をひくと、きつく抱きしめてくれた。
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