ホクロリグレット

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しかし、振り向き紙袋を突き出すその顔には、何の感情も浮かんでいなかった。賢人は冷たい瞳を見返す勇気がなく、ただ、きつく結ばれた口元にある見慣れたホクロを見つめていた。 「 もう、下の名前で呼ぶのも止めてよね。会社では今まで通り私たちはただの同僚、わかったわね?」 賢人はおずおずとそれを受け取る。 伊予は僅かに眉を上げ、抑揚のない声で告げた。 「 さようなら」 ^._.^ あれよあれよという間に追い出され、とぼとぼと帰路に着いた賢人だったが、途中でフツフツと怒りが込み上げてきた。 あまりに一方的じゃないか? そりゃ、入り浸って散々迷惑は掛けたかもしれないけれど、たまに家事は手伝ってたし、食費も渡してたぞ。 誰かと出掛けることを咎めもせず、留守番もしてやったじゃないか。生理痛で起き上がれない時には看病だってしてやった。 セックスだって悪くはなかったはずだ。前戯には手を抜かなかったし、事後だってなるべく優しくしてた。 何が不満なんだ! 乱暴に振り回した拍子に紙袋の持ち手がちぎれ、缶ビールがアスファルトに転がる。賢人は舌打ちをし、泣きそうになりながらそれを拾い集めた。 ^._.^ それから、伊予は宣言通り今まで通り同僚として賢人に接した。けれど、仲間内の飲み会には何かと理由をつけて参加をしなくなる。賢人の介抱役がいなくなったと、仲間たちは嘆いた。 いつも呑みすぎてしまう賢人はタクシーに押し込まれ、真っ暗の冷えきった部屋に帰る。着替えもせずベッドに倒れ込み、スーツに皺を作った。 ฅ^•ω•^ฅ 賢人は扉の前に座り込んだ。臀が湿った感触がしたが、構う気にもなれない。 酔いは殆ど覚めてしまっているのに、どうしても立ち去る気になれない。二ヶ月前ぶりに訪れたこの場所は、やけに懐かしく居心地が良かった。 伊予は出掛けているのだろうか。 こんな時間まで出歩くなんて誰とどこへ行っているのか。婚活とやらで見つけた相手だろうか。 その想像に、胸がきゅうと締め付けられた。 一緒に過ごしていた時には感じなかった焦燥感に襲われ、賢人は立てた膝に顔を埋めて唸る。 そう、誰かを好きになることはしんどい。 嫉妬もするし、嫌われることを恐れて自意識過剰にもなる。全くもって不自由で厄介だ。
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