勇者召喚に失敗しました。

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勇者召喚に失敗しました。

 勇者召喚。それは私に与えられた役目のはずだった。  定められたとおりの完璧な手順で儀式を執り行った。  そのはずだ。  しかし、光輝く魔法円の中心に現れたのは赤子だった。  いや、赤子って……。  わざわざ異世界から勇者を喚ぶというのは異世界での経験だとか異世界の知識だとかそういものが魔王退治に必要だからではないのか?  もう一度伝説の魔導書を確認するが手順は間違ってはいない。しかし目の前では赤子がすやすや眠っている。  どうなっている。 「くそっ……脚本家め……やっぱり配置を間違えすぎだろ……」  本来なら私は大神官ではなく魔術師のはずだというのにこの世界では大神官に配置されてしまい勇者召喚の役目を押し付けられた。そして勇者は赤子……。これはどんな魔王が出てくるやら……。 「勇者よ、この僕がお前を倒しに来てやった。さっさとこの下らない世界を終わらせようじゃないか」  噂をすれば影。見事な角を生やした魔王、いや、あれは精霊王じゃないか。なるほど人手不足で彼が魔王に配置されてしまったのか。お疲れ。 「ん? 勇者はどこだ? 僕は焦りすぎたか?」  精霊王、改め魔王マドラがきょろきょろと辺りを見渡す。相変わらずの美形だ。彼とは別の世界でも何度か共演したことがある。そんな顔見知りを見て安心、出来るわけがない。この悲惨な配役で。 「いや、勇者の方がのんきすぎるというか……まだ準備ができていない。それともさっさと殺してやり直すかい?」 「は?」  マドラは目を見開く。なにを言われているのかわからないと言った様子だ。  平和主義な彼のことだから神官のくせに物騒なことを言うなとでも考えているのかもしれない。 「いや、お前がさっきから視界に入れないようにしようとしているその赤子が勇者だ」 「…………帰る。まともに戦えるようになるまで君が面倒を見ろ」  なんてことだ。仕事が増えた。 「待て、流石にそれは私の役目ではない」  やはり脚本家は頭がおかしい。しかし監督の指示がない以上我々キャストは役割を続けなくてはいけない。    そう、世界は三つの要素で出来ている。舞台、キャスト、シナリオだ。そして我々は監督の指示に従い、この忌々しい脚本(シナリオ)を演じなくてはいけない。  今私が配置された舞台は勇者が魔王を倒す物語だ。そして、私は大神官。本来であれば魔術師であるはずなのにこんなところに配役されてしまった。完全なる監督のミスだ。  そして、魔王マドラは圧倒的な美形。本来であれば娘を溺愛する精霊王だ。が、なぜこうなった。  どうせ勇者か魔王が死ねばこの舞台から解放される。しかし、あのマドラは幼い勇者を殺したり出来るような性格ではない。  つまり、役者が整う十数年後まで私は大神官を務めなくてはいけない。  ふざけるな。  冗談じゃない。  さっさとこの世界から抜け出して居酒屋で一杯やりたいところだ。  そう思うのに、私は今、勇者(赤子)のおしめを替えている。  なんと女の子だった。  育児経験なんて別世界でもなかったというのに本当に監督を裏む。 「なんだ。まだ準備が出来ていないのか」  不満そうな言葉を発する魔王は粉ミルクの缶に新しいおしめの束を持参で様子見に来ている。 「マドラ、君の方が世話に向いていそうだ。交代しないか?」  私は子供が大嫌いなんだ。特に言葉を発することの出来ない赤子が。 「嫌だよ。大抵の子供は僕の角を見て泣く」  マドラはめんどくさそうに答えた。  仕方がない。普通は角なんて生えていないのだから恐ろしく見えてしまうのだ。  おしめを替え終えた勇者はじっと魔王を見る。  おや? 赤子でも自分の配役は理解しているのだろうか。  もしくは角の生えた不審者を凝視しているだけなのかもしれない。  ほら泣くんだろう。泣けよとでも言いたげな眼差しの魔王は、気だるそうに赤子に近づく。  ああ、面倒ごとを増やさないでくれ。泣かれるとあやすのが大変なんだ。  そう思い、マドラを止めようとした。 「……おや?」  マドラが硬直する。  何事かと思えば、勇者が魔王の指を楽しそうににぎにぎしていた。  てっきりギャン泣きするのではないかと思った赤子はマドラを見てきゃっきゃと喜んでいるようだ。 「……ほぅ、僕を見ても怯えないとは……さすがは勇者といったところか」  マドラの様子を見る限り、相当喜んでいる。  やはり日頃から子供達に泣かれることを気にしていたらしい。  他の人間には察知されない範囲だろうが、そう短くはない付き合いの私にはわかってしまう。  マドラが相当浮かれていることを。 「魔法の使い方を教えてやろう。ほーれ」  浮かれたマドラが魔法を使ってみせる。  おい、それは魔王の闇魔法ではなく精霊の魔法だろう!  世界観を崩すな。  仕事が終わらなくなる。  しかし私の願いは届かなかった。マドラはすっかりと赤子勇者に夢中になり、得意気に精霊の魔法をいくつも披露したのだ。  毎日毎日監督と脚本家に苦情を言っているが、全く届いていないようだ。  毎日めーめー鳴いているだけだった赤子勇者はすくすくと育ち、自分の足で走り回れるようになった。 「大神官! 魔王のところにいってくるね!」  おもちゃの剣を腰に下げ、裸足のまま駆け出そうとする勇者を捕まえる。 「せめて靴を履きなさい。靴を」 「えー、だって魔王が空の飛び方教えてくれるって」 「あなたには無理です。精霊の力が宿っていません」  実際マドラがせっせと魔法を教えている割に勇者は魔法を使えない。  本来であれば、白魔法くらいは使えるはずなのだが……私が教えても使えないのだから無理もない。 「あなたの役目は魔王を倒すことです。あなたが魔王を倒さなければこの脚本が終わりません。つまり、私も魔王も本来の役目に戻ることが出来ないのです」  精霊王不在の物語であちらは大混乱に陥っていそうだ。魔術師である私も、物語に彩りを添えられずに居る。  本来の物語に戻るべきだというのに、このおかしな舞台が終わってくれない。 「大神官っていっつもそればっかり。人生退屈そう」  無邪気な勇者の言葉がぐさりと刺さる。  たしかに私はこの舞台を終わらせることばかり考えてしまっている。この世界のあり方を正しい方向へ導こうと。  が、マドラはどうだ? 彼はもう自由そのものだ。  もともと気まぐれな精霊王が魔王に配役されたらどうなるかなんて予測出来たはずなのに、監督はどうかしている。せめて適切な指示を出してくれ。そう思うのに、そもそも私にも指示がこないのだ。  せめてマドラが勇者を始末してくれれば……そう考え、それはありえないことに気がつく。  いまではすっかり二人は仲良しだ。  勇者が魔王によく懐き、毎日のように魔法を教えてくれとせがんでいる。  こんな二人に殺し合いをさせるようなことを祈るなんて、私の方が人でなしではないか。  罪悪感のせいか胃がきりきりと痛んだ。  最早神を呪う。  勇者は相変わらず魔法ひとつ覚えないが格闘の才能はあったらしい。これではっきりした。送り込まれた勇者は本来格闘家だったのだ。魔法が使えないことも納得だ。  どうやって格闘家が精霊王に勝てるというのか。挑む前から結果が見えている。 「勇者よ、何度教えたら理解するのだ? 風を起こすにはこうやって、こう、だ」  マドラが勇者に精霊の魔法を教えているが、感覚的すぎて私も理解出来ない。 「魔王、説明下手過ぎだよ」 「そうか? 魔術師、いや、今は大神官だったな。君なら理解してくれるだろう?」 「いや、無理だ」  精霊王は天才と呼ばれる部類なのだろう。私のような凡人がどんなに努力を重ねて魔術師の技を磨いたところで彼の域には辿り着けない。 「君は優秀な魔術師だったと思ったが……この世界に来て腕が鈍ったのか?」  理解出来ないと言わんばかりに首を傾げられる。  そもそもの出来が違うのだ。嫌味か。  しかし相変わらずの美形だ。ただ首を傾げているだけだというのに美しさと気品が溢れすぎている。  なんだろう。この格差は。私だって元の世界ではかなりの美形だと評価されていたはずなのに……完全に敗北した気がする。 「大神官はなんか難しいことばっかり並べるけど、魔王は説明下手過ぎて全然わからない」  勇者はとうとう膨れた。  そもそも君の才能が皆無なのだ。理論を理解出来たところで魔法を使えるようにはならない。  本来は格闘家なのだから伝説の剣を抜いたり、お姫様と恋に落ちるようなこともない。  つまり、配役のせいで全く物語が進まない。 「マドラ、協力して(監督)を殺さないか?」 「おや、とても大神官とは思えない物騒な提案だね。喜んで力を貸そう」  そろそろ愛娘に会いたいからね。と口にするマドラに驚く。  娘が居たのか。それは子供好きなことも納得できる。 「それで、どんな手段でヤツを消し去るんだい?」  作戦を聞くよと笑うマドラが敵ではないことに安堵する。  たとえどこの世界だろうと彼とは敵対したくない。私がどんなに全力を尽くしたって勝てない相手なのだから。 「手始めにこの神殿を壊そう」 「大神官が信仰を棄てるのかい?」 「私は魔術師だ。ここの神は信仰していない」  どちらかと言えば精霊信仰だ。土着神崇拝だ。  その答えが面白かったのか、マドラはくっくっくと腹を抱えて笑い出す。 「いやぁ、本当に君は飽きないな。また別世界で共演しよう。あの無能(監督)を消して」  やはり君の方が物騒ではないか。  それでも、マドラに気に入られていたことを嬉しく思う。  どうか次の世界では私と契約して力を貸してくれる精霊役にでも配役されていて欲しい。  マドラがなんだかムカつく顔をした女神像に手をかざすと、一瞬で砂のように崩れ去っていく。 「勇者、外に出るんだ。魔術師、君もだ」  マドラの言葉に従い、外に避難する。  それとほぼ同時に神殿が崩壊していった。 「……こんなことができるなら最初からして欲しかったな」  まさかこんなにも簡単に壊してくれるなんて思わなかった。  それに、本当にこんな手段で解決するなんて。  崩壊した神殿の向こうに、舞台裏が見えている。  どうやら大がかりな舞台装置を壊すことに成功したらしい。  ならば、我々のすることはひとつだ。 「マドラ、監督と脚本家、どちらがいい?」 「そうだな……無能をもらおう」 「両方無能だ」 「それもそうだ。くじで決めよう」  マドラは器用にも二枚の花びらを用意し、片方だけ赤く染める。それを木の葉に隠し、私の前に出す。 「君が選べ。赤い方を引けば監督だ」 「あ、ああ……」  言われるまま片方の花びらを手に取る。  白。  つまり、監督はマドラの餌食というわけだ。 「手加減はいらない」 「君こそ。加減するようなら僕が加勢に行くよ」  こうして、私たちは無能二人を思う存分ぶん殴り、別の世界に押し込んだ。  これで全て解決。  そんなわけがなかった。  元赤子の元勇者は行き先がない。  格闘家の活躍する世界へ押し込まなければ魔力を持たない魔術師の弟子になってしまう。  しかし、監督も脚本家も不在だ。 「君、次の脚本だ」 「あ。ああ……ありがとう」  元の世界に戻れるわけではないらしい。  渡された脚本に目を通し、目眩を感じる。 「……なぜ恋愛物の世界で……私が姫の役なのだ? マドラ、この舞台を先に壊してくれ」 「いや、待て。僕が王子役らしい。少し王子というものを体験して見たい。君も、お姫様を楽しめばいい」  くっくっくと笑うマドラは絶対に私をからかっている。  そして、なんと元勇者が国王の役らしい。  一体なにを考えた配役なんだ。  我々はマドラが飽きるまで茶番に付き合わされるのだろう。  ならば願うのはひとつだけだ。  次こそは元の世界に戻してくれ。
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