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僕らは今、バス停に並んで座ってる。
木造の屋根の下、同じく木造のベンチに座って、鳥が鳴くだけの田舎を前に、いつ来るかもわからないバスを待っている。
「――バス来ないね」
隣の彼女が、足のつま先を見つめたまま言った。
下ろしたセミロングの黒髪が風になびいて、少し乱れる。
僕はただ、そうだね、と相槌を打つ。我ながら酷い返し文句だ。かといって、それ以上の言葉も出てこない。
彼女はうんざりしたかもわからない様子で、また口を開いた。
「すっかり秋になったね」
言われて僕は、彼女から目を逸らして前を見た。
眼前に広がるのは、赤や黄色が入り乱れる紅葉。ぽつぽつと見える平屋の屋根にまで伸びた木々。風が吹くたび、色付いたそれらが微かに揺れる。
時々鼻先をかすめるは、キンモクセイの締め付けるような香りだ。
「……そうだね。過ごしやすいけど、短くてすぐ終わっちゃう時期だ」
幸いにも天気は良く晴れていて、よく見える。
この視界には見えないが、きっとどこかに小さなオレンジ色の花を付けた木も、あるのだろう。
彼女は、うん、とうなずき、黙り込む。
しばらく沈黙が続く。鳥が鳴く。バスは一向に来る気配がない。
「あのさ、」
彼女がまた、口を開いて止まる。僕は彼女に視線を戻して、なに、と聞き返した。
「聞いてほしいことがあるんだけど」
「なにさ」
「あたし今、好きな人がいるんだよね」
「……へえ」
驚いた、と言えばそう。人伝にいる話を聞いていても、本人から聞く衝撃が、ここまで大きいものだとは、知らなかった。
あくまで冷静に、と自分自身に言い聞かせつつ、息を吐く。
「それで?」
「……それで、その人に告白しようと思ってるんだけど、」
「うん」
「君はさ、どう思う?」
とんでもない質問だ。ただでさえ心臓がバクバクと音を立てていると言うのに、一体何を言わせるか。
思わずかけていた眼鏡を外す。それまで鮮明に見えていた美しい秋の景色は、ぼんやりと輪郭が霞み、その色身をより強く主張しだした。
「僕は……」
言いかけてみるも、それ以上の言葉が出ない。眼鏡を拭いながら、チラッと彼女を見やる。
気づけばこちらを向いていた彼女の顔は、眼鏡を外しているからぼんやりいとしか、認識はできない。
だが、口が動くのを捉える。
「君はきっと、何も思わないかもしれない」
でも、と彼女は続ける。
「私はやっぱり告白したい」
彼女は考える隙も与えることなく、僕の隣にピッタリとくっついて言った。
「――君が好きです」
今までにないくらい、強い強い風が吹く。彼女の黒髪がそれに大きく乱れ、僕の視界を遮った。
彼女は泥棒だ、と思う。なぜならすでに……。
「……僕だって、好きです」
それでもバスはまだ、来ない。
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