12 「心地良い時間」

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12 「心地良い時間」

小春は裁縫箱と千鳥の弟のパーカーを手にして戻ってきた。 「シャツを繕う間、これを着てくれるかしら?」 青年はシャツを脱ぎ、Tシャツの上に そのパーカーを羽織った。 千鳥もその様子を見ていて、「あっ」と声を出した。 「千鳥ちゃん。どうしたの?」 「ううん。何でもない」 小春がシャツの破れを繕う間に 千鳥は、お茶とお菓子を持ってきた。 「千鳥ちゃん、ありがとう。 本当にごめんなさいね。すぐ終わるから。あなたは学生さん?」 「あ、はい。大学行ってます」 「そう、お住まいはお近く?」 「いえ、自転車で20分くらいの所に住んでます」 黙って話を聞く千鳥。 『すごく整った顔してる。話し方もだけど、声もいいなぁ。耳たぶにほくろある。そして何より、私と同じパンダのTシャツ着てた』 千鳥は、湯呑み越しに青年の様子を見ながら心の中で呟いた。 「お茶もどうぞ。もうすぐ終わるから」 小春もまた青年に、心地よい雰囲気を感じ取っていた。 日差しの暖かな縁側。 庭の木々の葉擦れ。 茶の緑。 静かに流れる時間。 三人ともが 心地良いと思う 出会の時だった。 「はい!出来ました」 「ありがとうございます」 「いえいえ、お礼なんて 破けてしまったのはこちらのせい」 「安物のシャツだから良いんですけど 綺麗に繕って下さったので、これからも大切着ます」 「まぁありがとう。あ、そうそう あなたは、えっとお名前聞いてもいいかしら?」 「桜井と言います。こちらの庭、素敵ですね。とても気持ちがいい」 「ありがとう。古い庭だけどね。」 「いえ、年月をかけたからこその良さですね」 千鳥もこの庭が好きなので ますます桜井青年に好意を持った。 「梅の木も立派ですね。枝切りは大変ですよね」 「そのせいでお怪我させちゃいましたね。でも毎年たくさんの実をつけてくれるんですよ」 若いのに梅や枝切りの事を知っているなんて 珍しいと小春は思った。 「あ、そうそう。桜井さん、梅干しなんてお若いから食べないかしら?」 小春が尋ねる。 「梅干し!僕、大好物なんです!毎朝ご飯派なんで、毎日食べてます!」 「そうなの?良かったわ。この梅の木の実を 私が漬けた梅干しだけど、もらってくれるかしら?」 「いいんですか?」 「お詫びに何もないから、せめてお好きなら持っていってくださいね」 「小春さんの梅干し。すっぱいけど美味しいんですよ」千鳥もそう話しかけた。 「小春さんって言うんですね。君は?」 「あ、私は、ち、千鳥です」 「小春さん、千鳥さん。ありがとうございます。遠慮なく頂きます」 「遠慮どころか、お詫びですもの。たくさん持っていって」 台所へ行く小春を追いかけ、千鳥も行く。 二人は焼酎で消毒た空き瓶に 梅干しを詰めた。
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