16 「遅めのモーニング」

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16 「遅めのモーニング」

10分程歩いた閑静な住宅街の中に 突然、古民家が現れる。 『カフェ・あけぼの』の看板が無いと 見過ごしてしまうようなお店だ。 ガラガラと引き戸を開けると 「いらっしゃいませ」の声。 常連らしく小春さんは真っ直ぐカウンターに向かった。 「マスター、モーニングはまだ間に合います?一つ良いかしら?私はいつものカフェオレ」 「良いですよ。席は今日はテーブルにしますか?」 小春さんはいつも、カウンター席に座っているようだった。 「今日はね、孫を連れてきたの」 マスターに話しながら、二人でテーブル席に腰掛けた後、いらっしゃいませと水を運んで来た店員を見て 小春も千鳥も店員も3人して 「あっ!」と声を上げた。 「桜井……くん?」 「小春さんに千鳥さんですよね?」 マスターが声をかけた。 「あれ?春翔くん初めてだったっけ?」 「桜井さん、春翔くんっていうのね。初めてね、ここでは」 小春さんが答えた。 マスターは 「そうか、小春さんが土日に来店する事、今まで無かったからね。春翔くんはいつも土日の夕方だけ来てもらってるんですよ。たまたま、今日昼間のアルバイトさんが休みになっちゃって、ヘルプで来てもらったから」 「そうなのね。びっくりしたね?千鳥ちゃん」 「う、うん」 千鳥は俯きながら言った。 マスターは春翔に 「ここではって?前にお会ったことあるの?」 「あの、いつかここに来る前に梅の木が落ちてきたって話しましたよね」 「ああ、聞いたね」 「あの梅の木って小春さんの家なんですよ」 「なんだ。春翔くん、おでこに絆創膏付けてきたのに、やけにニコニコしててね。梅干しもらった!って喜んでたあれか」 小春が尋ねる。 「ここにバイトに行く前だったのね。間に合いましたか?」 「全く問題なく間に合いました」 「そう、それはよかった」 「梅干し、本当に美味しい上にびっくりしました」 「びっくりしたの?面白いわね」 「僕、梅干しが大好きになったきっかけの梅干しがあるんですけど、味が似てたんです。それでびっくりして」 小春は 「それは光栄ね。でもただの素人が作った梅干しよ」と笑った。 そんな話をしているうちに、マスターが「モーニング出来たよ」と声をかけた。 「はい」と言って春翔が運ぶ。 笑顔の春翔が見たいけど 恥ずかしさが勝って ただ頭をぺこりとするだけだの千鳥だった。
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