28 「千草の夢」

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千鳥の弟、「健」《たける》はサッカー推薦で入った高校で寮生活のため 年に数回学校から家に帰ってくる。 今日は、米村家全員が揃っての夕食となった。 女系家族での中、男子が生まれたせいもあり、小さい頃から可愛がられて育った健だが、それが疎ましい年頃もあり、自ら進んで寮生活のできる学校を選んだ。 と言っても過保護にしてきた訳でもなく、帰ってきたからとチヤホヤすることもない。祖母も母も姉もいつも通りだ。 ただ、健は自分がいない間に、この家の女性達の変化には気がついていた。 姉の千鳥が、今ひとつ元気ないのに対して、母親の千草は、相変わらず元気だし、それにも増して、おばあちゃんの小春さんからはめちゃくちゃ幸せオーラが出ている。一体何があったんだろ?と思っていた。 「健、学校生活はどう?」千草が聞く。 「まあ、楽しいかな?練習はキツイけど」 健の言葉にすかさず千鳥が言う。 「健。好きな事させてもらってるんだから、辛抱せよ!」 「わかってるよぉ〜」 小春もニコニコしながらやり取りを見ている。 連休だが珍しく試合もない為 健は三日ほど、実家に戻って来ていたのだ。 「さて、今日は健も揃っているから、ちょっと相談というか、お願いというか。話がしたいんだけど」 千草がそう切り出した。 「え?何?やばい事?」 健が箸を止めながら聞いた。 「違う、違う。なんていうか、お母さんの夢になるのかな?そんな話」 「昨日見た夢?夢占い?」 「それも違う。寝るときじゃなくて、望み?希望?の夢」 「あ、そっちか」 健は茶碗を持ち替えた。 「そう、そっち。あのね今お母さんさ……」 千草の働く施設でもこのご時世 常に満員で希望者がいても、受け入れを断らなくてはいけない事も増えてきていた。 心痛めていた千草に ある一つの考えが浮かぶ。 ここ最近増えて来た外国人高齢者の利用者さんも連れて、散歩がわりに千草はこの家の庭を案内した。 古く趣のある母屋や離れ。緑豊かで池のある庭に日本人も外国人もどちらの利用者もとても喜んでくれて「ここに住みたい。千草が羨ましい」との声がたくさん上がった。 自宅の広い屋敷に、今はたった3人で暮らしている。昔は使用人も住まわせていたので、離れにも一人用の部屋が10室もある。持て余しているならいっそそれを利用して、ここで介護施設をやってもいいんじゃないか?と考えたのだ。 離れをバリアフリーにリフォームをし、母屋は大正時代からの和洋建築で、お気に入りの家なので残して置きたい。こちらはこのままで、事務所兼住まいとしてはどうか?そんな思いを皆に相談してみた。 「あら、それ良いわね。私もいずれは千草の施設にお世話になるのかな?って思っていたけど、住み慣れたここを施設にしてくれたらこのまま私は居られて、幸せじゃない?私は大賛成!」 小春はすぐに言ってくれた。 意外にも千鳥は 「いい考えとは思うけど、お母さん大変じゃない?」と心配を言い出した。 「大変なのは百も承知。ただ皆に迷惑かけたくなくても、何かしら負担はかけちゃうと思うのよね。だから相談なの」千草は無理には出来ない気持ちもあった。 「何かを始めるのは、困難が伴うのは 仕方ないけど、私も千草も時代のせいもあるけど、一人娘だからって行きたい道には行けなかったものね。だから私は、千草がやりたいことに応援したいわ」小春が背中を押す。 そして千鳥も 「私もね、やっと夢が出来て、目指せる物があるって幸せな事だと思い始めた所。お母さんにも夢を目指して欲しいし、叶えて欲しい」同じ思いを話す。 「俺はすでに夢追いかけて好きにやらせてもらってるし、姉ちゃんのいうことも賛成。俺が役に立つかわからないけどさ」健もそう言い、それぞれの言葉に勇気をもらい、千草は決心がついた。 「皆、ありがとう。美智子にも相談しながら、頑張ってみるわ」 美智子とは、現在働いている施設の施設長であり、千草の中学の同級生だった。美智子が施設開設の時に千草に声をかけて、一緒に作り上げてきた経験もある。あの大変さを充分わかっている千草だったが、挑戦したい気持ちの方がはるかに優っていた。 それぞれの夢に向かって進む気持ちを、米村家の屋根の上の明るい月が見守るように輝いていた。
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