8 「言えなかった思い」

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8 「言えなかった思い」

「その時、小春さんは自分も好きって伝えたの?」 千鳥は聞いた。 「言えなかったねえ。言ったところで結婚も、決まってる私が口に出来るわけもないからね。でもありがとうって言ったよ」 小春はあの時と同じ縁側でお茶をすすりながら千登勢の横顔を思い浮かべていた。 ♦︎♦︎♦︎ 千登勢も小春を抱きしめた。 雷のせいとはいえ、お互いの鼓動を感じる。幸せな一瞬を得ることが出来た。 その時玄関の方から下駄の音が聞こえ、2人は弾かれたように離れた。 「ごめんください。千登勢さん、母さんから傘を持って行ってやれって言われたので」 「おー待子。ありがとよ」 万次郎達の近所で、千登勢の妹のように育った待子が、傘を抱えてやってきた。 「米村のお嬢様。こんにちは」 小春に頭を下げる。 「待子、ずぶ濡れになってるじゃないか。夕立なんだから雨宿りしてりゃ止んだのに」 「いえいえ、千登勢さんは足元がぬかるむと歩くのに心配だから、お迎えにきました」 「あれ?おじさん寝ちゃってるの?」 「あぁ。親父、さっきの雷にも起きないんだよ。呆れるね」 「よければ、あなたもお茶いかが?」 小春は待子に声をかけた。 「ありがとうございます。でも、母にも早く帰っておいでと言われているので。千登勢兄さん、行きましょう」 「悪いな待子。おい、親父!起きろよっ」 「う?あぁ、寝ちまったか?」 「全く今日はこの雨じゃ仕事にならないから、帰るか」 千登勢は、父を起き上がらせた。 3人は雨で霞む庭を、後にした。 縁側から見送る、千登勢の背中を見つめた。千登勢の胸の中で感じた温もりは、決して忘れないようにと、小春は目を閉じ記憶に焼き付けた。
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