29 「それぞれのその後」

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春翔は考えた。 来月は、日曜出勤が二回あるので平日に振り替えて休みを取ることが 出来る。 よし、第2と第4火曜日を休みしてみよう。 第2火曜日の夕方、おそるおそる『笹の葉』の戸を開ける。 カウンターにマキの長い髪を束ねる後ろ姿が見えた。 春翔はそっと店に入ると 「いらっしゃいませー!」と湯浅が、まな板で魚を切りながら言ったが 目を向けて春翔と判ると 「今日は一匹釣れたから、捌くとするかぁ」 そう言ってカウンターに座るマキの横におしぼりを置いた。 「あら、桜井さん」 マキも隣に座る春翔に驚いた。 「あ、こんにちは」 「こんな時間に来るなんて珍しいですね。私も今来たところです」 「え?」 「湯浅さんが『いつも桜井くんは仕事帰りに夕飯食べに来るから大体8時頃なんだよ』って聞いてたので」 「僕の話、してたんですか?」 「くしゃみしてなかった?あ、今時そんなこと言わないか。親父だよな俺も」湯浅もそう言い笑った。 「あ、その、以前動物園で初めてお会いしたときと同じで 日曜出勤したときは平日に休めるんで。今日は仕事休みでした」 「あ、そうなんですね。じゃあ、私と同じ?パンダ見た帰り?動物園では会えませんでしたね」 「いえ、今日は買い物帰りです」 湯浅は微笑みながら 「はい、じゃあ釣れた桜井くんに、こっちの魚の定食がオススメだな」 「湯浅さん、釣れた魚ってなに?美味しいなら私もオススメにします」 「はいよ!」湯浅はニヤニヤしながら答えた。 見事に湯浅の言った言葉に釣られて、春翔はマキに会いにやってきた。 でも、その日は湯浅もうまく話を引き出してくれて春翔はマキの事が知れたし、マキも春翔の事を知ることが出来た。 マキは春翔より5歳年上。元々は東京で生まれ育ったが、縁あって和歌山に来た。カメラスタジオは、東京で一緒に専門学校に行っていた友人が、実家の継いだスタジオを一緒にと声をかけてくれたと言う。 「じゃあ、桜井くんは次期社長の跡取りって事なんだね」 「両親は後を継ぐとか考えなくてもいい。やりたい道に進めばいいと言ってくれたんですけど、僕やっぱり植物が好きだし、結局大学も 園芸学部を卒業しました」 「今はガーデンリバーで修行中ってことね」 「はい。別に園芸学部を卒業しても教職とか別会社に就職も考えたんですけど、祖父の仕事ぶりに憧れもあったし、会社を引き継ぎたいと思ったんです」 「大変だよ、親の仕事継ぐのは。でも頑張ってね」 「ありがとうございます」 「私ってどうも跡取りさんに、ご縁があるんだな」 「え?」
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