29 「それぞれのその後」

26/27
前へ
/106ページ
次へ
2人でガーデンリバーの軽トラに乗り込み、道案内をしてもらいながら短いドライブになった。 マキの部屋の前で鉢植えをおろした春翔に 「桜井くん、もし良かったら部屋の中に設置、頼めたりする?」 「え?」 「だって重いし。桜井くんの人柄わかってるから、部屋に入れても大丈夫だよ」 笑いながらマキは言った。 だが、春翔にしてみれば、警戒されていない自分は、男と見てもらってない証拠なんだと思うと少し複雑だった。 無事部屋の中に運び込み、春翔は洗面台で手を洗っていると、コーヒーの香りがしてきた。 「桜井くん、コーヒー淹れたから飲んでかない?」 「ありがとうございます!いただきます」 2人の静かな時間が流れる。 遠くから聞こえる電車の音。 「桜井くん、あれからカメラはどう?」 「あ、少しずつ扱い覚えてます。この前も動物園行って、色々写してきました」 「そう」 「スマホにいくつか入れてきたので見ますか?」 「うん、見せて見せて」 向かい合わせに座っていたマキが 春翔の後ろに回って覗き込む。 顔が近くて少し焦る春翔だった。 「あ、これとか良いね」 マキが指差しスマホの画面にタッチする。少し慌てて春翔はスマホを落としてしまった。 「あっ」同時に2人で言って笑い合う。 「あのさ、桜井春翔っていい名前だよね。ほっこりする。五十嵐マキなんて “嵐”だし、“マキー“ってキツイ音がするよね」 「そうですかね。ありがとうございます」 「インスタの名前も、キツイ感じだから変えた方がいいのかな?五十嵐ってさ、元夫の名字じゃない?実家戻った時、親に『旧姓に戻すと出戻りって世間に教えてるみたいで嫌』って言われちゃったからって みんなには言ってるんだけど。 ……ほんとはね。まだね。 私さ、離婚したのにさ。 もう戻れないのに、旧姓に戻せない自分がいて、未練がましいって思うけど やっぱりあいつが好きな気持ちは 自分に嘘つけないって言うか……」 コーヒーカップを包み込むマキの手が小さく震える。 春翔は、心のざわめきを落ち着かせる様にコーヒーを飲み干す。 「五十嵐さん、僕これからマキさんって呼んで良いですか?」 「え?あ、うん。あれ、何でこんな話してるんだろ、私」 「マキさん、心の内を正直に話してくれるのは嬉しいんです。僕」 「桜井くんと居ると、何だか勝手に 口から出ちゃう。心のフィルターが外れちゃうんだよね」 「良いですよ。僕も正直に話してしまうと、マキさんの心の中の“五十嵐さん“を僕が取り除く事出来ませんか?」 「え?」 大きめの瞳がより一層大きくなるマキだった。 「僕、マキさんに惹かれ始めています。マキさんは僕を、そう言う対象とは思っていないのかもしれないけど」 「あ、あの。櫻井くんとは私五つも年上だよ」 「大丈夫。僕もっと何倍も年上の人に結構本気で恋してましたから」 「バツイチだし」 「今時バツが、1つや2つどうってことないです」 「子供も産めない体質みたいだし」 「僕の会社、一子相伝でも何でもないですよ。って言うか、そこまで想像してくれてるんですか?」 「あ、やだ!」 「いや嬉しいです。嬉しいです!」 「何言ってんだろ、私」 「マキさん、今日運び込んだグリーン。花言葉は『永遠の幸せ』って言うんです。これを無意識でも選んでくれた時、僕がその幸せを作れたらいいなって思いました」 「さ、桜井くんって、いつもこんな風に女性を口説いてるの?」 「初めてですよ!こんな風に心の想いを口にしていることに、僕自身が1番驚いてます」
/106ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加