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1 「梅の花香」
「うっ、さぶっ!」
春3月まで、あと少しとはいえ
明け方の寒さは、寝起きの
生温い体に厳しい。
重い木の雨戸を開けるたび
声を出してしまう。
高校2年の米村千鳥は
この古い日本家屋に
親子3代で住む。
周りは開発の波にのまれ、殆どがビルやお洒落で近代的な家に建て替えられて、ここだけが時が止まったままのようになっている。
それでも千鳥は、縁側の雨戸を開けると庭の木々が運んでくれる、新鮮な空気を吸い込むのは好きだし、今の時期は梅の花の馥郁たる香りになんとも言えない幸せな気持ちになる、だから多少の不便はあっても、我が家とこの庭が好きだ。
米村家には祖母『小春』母『千草』と娘『千鳥』の女性ばかりの3人暮らし。
千鳥には一つ下の弟がいるのだが、サッカーのスポーツ推薦で入った高校で寮生活をする為、今年に入って家を出たので完全女性だけの家となった。
千鳥にとっての祖父や父は、どちらも60代で亡くなっていた。
元々、実業家の高祖父が戦後、米村家を大きくし、そこに孫として生まれた一人娘の祖母小春は婿養子を取った。
しかし祖父は、引退をそろそろ考えていた頃亡くなり、米村家で生まれた母の千草も当時恋愛中だった人を、婿養子に取った。
祖父が亡くなりすぐに、千草の夫が家業を受け継いだが経済が激動の時代、米村家も厳しい運営を迫られ、苦労しながらも高祖父の頃に比べたら10分の1くらいになっていたが、米村家を繋いでくれていた。しかし、千草の夫、千鳥の父も又60代で病に倒れてしまった。
事業は縮小し、父の親友が引き継いだが、家屋敷と少しの不動産や株を残してくれた父のおかげで、贅沢をしなければ生活はしていける。
つつましくこの古い家で、暮らしてきた女性たち。
小さい時から祖母と一緒にいた千鳥は、おばあちゃん子。
その祖母の小春も、おばあちゃんと呼ばれたくないと言い、みんなに「小春さん」と呼ばれていた。
小春さんや母親が、夫を亡くして悲しむ姿を見ているので、千鳥は好きな人が出来、結婚しても悲しい別れをしなくてはいけないのだったら、結婚しなきゃいい。つまりは恋愛もしなきゃいいという固定観念をいつしか持つようになってしまった。
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