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学校では、成績優秀、品行方正、絵に描いたような王子様。
それがうちの弟だった。
そしてそれを知ったのは、俺が仄かに憧れていたクラスメイトの女子が弟のことを尋ねに来たことがキッカケだった。1年生の間でもうファンクラブができているとか、運動部の部長がこぞってクラスに詰め寄って勧誘しているとか、親切で誰にでも優しく接して、体育館裏に溜まっていた不良グループを会心させたとか、なんかもうとんでもない話を聞かされた。
珍しい苗字だったから親類関係者なんじゃない?と。兄弟だというと「可哀そー。」と一言。俺の憧れは空しく散った。
「なんっで、同じ高校に入学してくるかなぁ。」
ついつい一人部屋で愚痴ってしまう。弟が高校入学と時を同じくして部屋を分けた。俺が中学校に上がるタイミングで別の部屋になるように両親を説得しようと試みたのだが、弟のプレゼンに負け5年の月日が流れてからようやく願いが果たされたのである。
「翔君いる?」
ノックもせずに弟の翠が入ってきた。何かしていたらどうするつもりなんだ。
「入るときはノックして、確認してからって言ったろ。」
「僕のことを考えているんじゃないかと思って、抜き打ちで開けてみた。」
「考えていたら、なんで抜き打ちなんだよ。」
「なんでだと思う?」
「そんなん知るか。」
「翔君は鈍感だね。」
「意味わかんねーよ。」
本当にただいるかどうかの確認だけだったらしく、翠はすぐに部屋に戻った。
入学式。前日までのめくるめく朝寝坊と別れを告げ、かったるいまま体育館のパイプイスに座っていた。入学式と言っても俺じゃない。俺はもう3年生で、迎える側だ。
そんな寝惚け眼でいたら、よく知る顔が新入生代表挨拶をしていた。それは朝から用事があると俺が起きるころにはもう朝食を食べて出て行っていた弟の翠だった。
ましてや同じ高校を受験していたことすら知らなかった。
「なんで教えてくれなかったんだよ。」
今度は俺がノックもなしに翠の部屋に入る。
「翔君、人には人のプライバシーが守られているんだよ。」
いつだれが来ても歓迎できるように理路整然と片づけられた部屋の持ち主が何を言っているのだか。
「数分前の己の行動を振り返れよ。」
「ほら、翔君って野性的だから(笑)」
「人じゃないからプライバシーが無いってのかよ。」
「そこまでは言ってないよ。」
「どこまで言おうとしていたんだよ。」
「で、なんでうちの高校に来たんだよ。お前ならもっといいところ狙えただろ?」
俺よりも広い部屋で俺の部屋よりも凝ったインテリアに囲まれて俺は言った。
「そこに翔君がいるからだよ。」
「その割には、校舎内で俺を見つけたときシカトしたよな。」
「コンタクトずれていたのかな?」
「裸眼で視力2.0が何言ってんだよ。」
「翔君も目いいよね。」
「まあ、遺伝に関係しているって言うし、そこは同じなんじゃね?」
「お揃いだね。」
「お揃いなのか?」
「ってか、学校だとお前、王子様になってるらしいじゃん。」
「僕はいつでも翔君の王子様だよ。」
真顔だから、冗談なのか、嘘なのか、騙そうとしているのか、はたまた真実なのか分かりずらい。
「初めて知ったよ。なんか、不良グループを解散させたとか?」
「解散はさせていないよ。友達になっただけだよ。」
「誰にでも優しいとか。」
「その通りじゃないか。」
「兄を人間扱いしない奴が驚きの発言だな。」
「翔君と同じ高校が良かったんだよ。翔君は嫌だった?」
こういう時、ものすごくストレートな物言いができる翠を凄いと思っている。部屋を分けるときも『僕は翔君と同じ部屋がいいの!』と両親を快諾させた。
「嫌と言うわけじゃないけれど、」
「ど?」
「あまりにうちでの態度が違い過ぎるから、面食らうんだよな。」
「翔君は面食いだもんね。僕の顔存分に見たらいいよ。」
「今そんな話していたっけ?あと、すごい自信だよな。」
「兄弟なのにここまで顔が違うっていうもの運命だよね。」
「それは皮肉だな、皮肉なんだな。」
自分の部屋から飲みかけのペットボトル飲料を持ち込んだ。こいつがおちょくるせいでなかなか話が進まない。喉も乾くってもんだ。
「順番に整理していこう。」
「イエス!」
いきなり海外の方になりやがった。
「同じ高校に来たかった。」
「イエス!」
「でも校舎で俺を無視した。」
「イエス!」
「やっぱ、無視したんじゃないか。」
「ゆ、誘導尋問、、、!?」
「誘導してねーよ。尋問もしていない。」
「無視っていうか、ちょっと都合が悪くって。」
「俺と兄弟だってことがかよ。」
「それは生まれた時からの運命だから、しょうがないって思っているよ。」
「お前は俺を貶めたいのか、持ち上げたいのかどっちかにしてくれよ。」
「今度からは見つけたら追いかけるから。」
「来なくていい!ってか、追いかけるってなんだよ。」
「翔君が逃げないように。」
「やはり、猛獣とかとしか見てないじゃんか。」
「いや、翔君は猛獣ってよりはモフモフしていて手触りよさそうな。」
「カピバラ?」
「もっと小さい。」
「モルモット?」
「もっと。」
「ハムスター?」
「うんうん、似てるよね。」
実の弟にハムスター扱いされていたとは。その事実に打ちのめされようとしていた。
「ホントにたまたまだから。また僕を見つけたら合図してよね。」
話し合いはそれで終了した。飲みかけのペットボトルを床に置いたっきり忘れていたら飲み干されていた。
次の日学校に行って朝の用意をしていたら、
「「例の王子さまって、翔の弟なんだろ?」」
カギカッコがブレたわけではない。2人から同時に尋ねられただけだ。そっくりの顔に。
「そうだけど、言ったっけ?」
「苗字が同じ。」
「なんとなく、雰囲気が似てる感じがする。」
なんとなくどころじゃない一卵性双生児の二人に言われたんじゃあ、そうなのかもしれない。似ているところなんて初めて言われた。
「昨日、一階の自販機前で女の子らに囲まれてたじゃん。」
兄の方が聞いてくる。
「あー、俺のことシカトしてくれたやつな。」
思い出し怒りが沸き上がってきていた。
「シカト?」
弟の方が腑に落ちないと言った表情で聞いてきた。
「あー、もう、俺のこと大好きって言っていたあの頃の翠はもういないんだよ。揶揄ってばっかりでちっとも兄扱いしてこないし。」
飲み物買ってくると言い残し予鈴のなる時間を確認して教室を出た。
「ねえ、兄貴。」
「うん。」
「シカトっていうか、ガン見してたよな。」
「うん。」
「俺らのことを威嚇するような目線だったよな。」
「命の危険を感じるくらいには威圧感あったな。」
「翔が王子さまの方向いたら、ガン見止めたよな。」
「ガン見止めたっていうか、見ていることに気づかれたくなくて目線逸らしたって感じだけどな。」
「少なくとも王子ってキャラがする顔ではなかったよな。」
「演じているのはどっちのキャラなんだろうな。」
「どっちでもなかったりして。」
「「・・・・・・。」」
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