和尚はフリック入力が苦手

2/10
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ
「『お』がない!」 「和尚様。『お』は『あ』の下です。ああ、指を離すのが早過ぎるから、『あ』になっちゃうんですよ」 「松宮君、そんなことはわかってる! 指が勝手に動いてしまうんだ」 「じゃあ、今度は『こ』ですよ」 「ああ、『か』になってしまった。もう止めだ!」 「和尚様、諦めるんですか?」 「松宮君、見習いのくせにうるさい。今日はもうフリック入力練習は止めた!」 「そうですか。仕方ないですね……」  赤心寺の住職である村上大智は、荒井家の門の前に来た。約束の十一時までまだ十五分もあったが、檀家の中でも特に裕福な荒井家の主だった忠博の十三回忌なので、忠博の妻の小夜(さよ)に荒井家を大事に思っていることをアピールする気持ちがあったのだ。  インターホンを押した。 「どちら様ですか」  男の野太い声だった。誰だろう、といぶかりながら、名乗った。 「赤心寺です。お約束の時間より早く来て申し訳ありません」 「少々お待ちください」  照りつける夏の日差しを浴びて、額に汗が浮かんで来た。  四、五分すると、玄関の引き戸が開く音がして、サンダルばきの中年の男が現れた。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!